あなた誰? 電子顕微鏡で撮った不思議な生物の肖像

あなた誰? 電子顕微鏡で撮った不思議な生物の肖像

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/4/10
ナショナルジオグラフィック日本版

ミールワームの顔。「目」のようなものと口器がついている(HOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)

虫や幼虫が苦手という人は多いだろう。しかし、電子顕微鏡で何百倍に拡大した姿は、意外にも繊細かつ個性も豊かだ。写真家のヤンニケ・ヴィーク=ニールセン氏のテーマは、「隠された世界(Hidden World)」。彼女が撮影した、昆虫、寄生虫バクテリアなど小さな生物たちの「ポートレート」を紹介したい。

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ヴィーク=ニールセン氏は、光ではなく電子を使って高解像度の写真を撮っている。「電子は光よりも波長がずっと短いため、通常の光学顕微鏡よりもはるかに高い解像度が得られます」と彼女は言う。
別方向に伸びた触角、大きく開けた口など、拡大して見たハナアブは実に表情豊かだ(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
走査型電子顕微鏡では、集束した電子ビームが標本の表面をスキャンすることで、高解像度のグレースケール画像をとらえる。電子ビームはホコリや水に影響を受けやすいため、スキャンはほぼ真空の容器の中で行われる。
ヴィーク=ニールセン氏は、標本を採取した後、構造を保持するための溶液にこれを浸す。次に標本を完全に乾かしてから、薄い金属の膜で包む。これによって撮影の間、標本が傷つきにくくなる。出来上がった画像はフォトショップで彩色している。
ハナアブの複眼。ところどころに散らばっているのは花粉だ(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
写真の目的によって、肉眼で見える色を再現する場合もあれば、芸術的な表現をすることもあれば、白黒のままにしておくこともある。

2019/4/10
ヒドロ虫の一種Echtopleura larynx。ヒドロ虫はサンゴ、イソギンチャク、クラゲと同じ刺胞動物(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
ヴィーク=ニールセン氏が電子顕微鏡を使った撮影に取り組むようになったのは6年前のこと。ノルウェー獣医学会のリサーチ科学者である彼女は当時、菌に汚染された魚卵や、養殖サケのエラの病気を引き起こすアメーバについて研究していた。
氏が撮影したアメーバの写真に注目したのが、水産養殖家や関連の生物学者たちだった。「彼らは、自分が闘う相手である寄生虫の真の姿を、ようやく実際に目で見ることができたのです」。ヴィーク=ニールセン氏は、生物を最大20万倍に拡大できる顕微鏡の能力に魅了された。
触手を使って外部の脅威から生殖器官を守るヒドロ虫(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
彼女のお気に入りの被写体は寄生虫だ。寄生虫は気味が悪いと感じる人が多いが、電子顕微鏡で拡大したサナダムシや回虫の姿には驚かされるだろうと、ヴィーク=ニールセン氏は言う。出来上がった写真には、彼らの体の特徴が隅々まで写し出されている。
研究のための標本のほかにも、ヴィーク=ニールセン氏は、自宅の庭や、小さな娘2人と一緒に外出したときに見つけた虫の撮影も行っている。「潮だまりで甲殻類を見つけ、植物や木からは花粉を見つけます。想像が果てしなく膨らみます」
サナダムシは人間や動物の腸にすむ寄生虫。消化管は持たず、宿主が消化した食物から養分を吸収する(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
次ページでは、ヴィーク=ニールセン氏の写真12点を紹介しよう。これまで嫌いな部類に入っていた生物たちへの見方が変わるかもしれない。

2019/4/10
サナダムシの頭部の拡大写真。この吸盤のような構造を使って、宿主の腸壁に張り付く(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
サナダムシの外皮。この器官を通して宿主から養分を吸い取る。細かい突起が表面積を大きくするのに役立っている(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
寄生虫であるアニサキスの仲間(Contracaecum rudolphii)。メス(ピンク色)がオスに絡みついている。オスの後端からは、交接刺が2本突き出ている(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
アニサキスの口。アニサキスの仲間は魚や鳥に寄生し、食べた人の体内に入ることもある(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
アリの顔。「アリがつくるコロニーは『超個体』とも呼ばれます。彼らは集団でコロニーを支え、あたかも一つの個体のように振る舞うからです」とヴィーク=ニールセン氏(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
ヴィーク=ニールセン氏の自宅の庭でブロッコリーをかじっていたケムシ。およそ100倍に拡大(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
マルハナバチは「農業にとって重要な花粉媒介者です」とヴィーク=ニールセン氏は言う。写真は約40倍に拡大した姿(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
ヴィーク=ニールセン氏が自宅の庭でとってきたワラジムシ。拡大すると、SF映画に出てきそうな姿だ。「ワラジムシは岩や丸太の下、落ち葉の中、岩の裂け目などの湿気が多い場所にいます。彼らは腐りかけの植物や動物を食べ、腐敗サイクルにおいて重要な役割を果たしています」(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
ヴィーク=ニールセン氏が自宅の庭で見つけたミツバチ(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
ミツバチの表面に散らばる花粉の粒。約1200倍に拡大(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
ノミの一種、イヌノミ。宿主の皮膚を突き通して血を吸うための口と、跳躍に役立つ長い後肢を持つ。体は縦に平たく、トゲや剛毛に覆われている。ヴィーク=ニールセン氏によると、この形状は宿主の密生した毛の中を移動したり、食事中に体を安定させるのに役立つそうだ(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
イヌノミの触角。「宿主を探したり、交尾を成功させるのに重要な役割を果たします」とヴィーク=ニールセン氏は言う(PHOTOGRAPH BY JANNICKE WIIK-NIELSEN)
(文 CATHERINE ZUCKERMAN、写真 JANNICKE WIIK-NIELSEN、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)