特別リポート:中国習近平の「強軍戦略」、米国の優位脅かす

特別リポート:中国習近平の「強軍戦略」、米国の優位脅かす

[23日 ロイター] - 中国の近代化へ改革・開放政策を積極的に導入した当時の最高指導者、トウ小平は「韜光養晦(とうこうようかい)」(才能を隠し、力を蓄える)を施政の基本とし、国際社会での突出を避けながら経済力の拡大に注力した。
しかし、いま新たな国家主席に上り詰めた習近平は、近代化の成果を足場にしながら、大きく異なる強硬戦略で自らが描く「中国の夢」にまい進している。

もはや待機の時は終わった。習近平は、トウの基本方針を根本から崩して攻めに転じ、現代版シルクロードといわれる「一帯一路」構想やハイテク産業育成政策「中国製造2025」など、大胆な国家戦略を次々と打ち出している。とりわけ野心的な構想は、200万人の兵を擁する世界最大の戦闘組織、人民解放軍の大改造による中国の軍事力強化だ。

習の指揮による人民解放軍の改革は、1949年の中国建国後では最大の規模といわれる。忠実で腐敗のない強力な軍隊を作り上げるため、習は毛沢東時代から続いていた巨大な軍官僚機構を解体し、自らが中央軍事委員会の主席となって軍組織への権限を強化した。
「政権は銃口から生まれる」。抗日戦争さなかの1938年に毛沢東が残したこの言葉を、習は座右の銘として深く胸に刻んでいる。
飽くことのない習近平の強軍戦略はどう進んでいるのか。アジアにおける米国の軍事的優位をいかに切り崩しつつあるのか。
ロイターは中国、米国、台湾、オーストラリアの現役および退役した軍人、習とその家族を古くから知る中国政府の高官らへの取材や中国政府の公式資料などをもとに、中国の軍事力が急速かつ破壊的に強化されている現状を検証した。
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<軍組織の腐敗を一掃>
習が最高指導者となる前から、軍は中国の権力構造において厳然たる勢力を持っていた。歴代の指導者は国防予算を拡大し、ハイテク兵器などの装備を進め、軍事力の強化を続けた。しかし、その膨張の過程で、軍の規律は乱れ、組織内にはおびただしい腐敗が広がった。
習の前任者である江沢民胡錦濤は、軍幹部とのパイプがなく、その代わり待遇や予算配分などの便宜を図って軍人の忠誠をとりつけた、と中国や台湾の元政府関係者らは口をそろえる。特に胡錦濤時代は、軍幹部による予算の流用やカネで地位を買う不正が横行したといわれる。
だが、胡政権下で「制御不能状態」だった軍は、いま「習が一手に握っている」とシンガポール国立大学の中国軍研究者、リー・ナンは指摘する。

2015年半ばから16年にかけ、習は大掛かりな軍事改革を相次いで打ち出した。非戦闘要員を中心に30万人を削減した後、強大な権限を持ち、汚職の温床ともなっていた「四総部(総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部)」を解体し、中央軍事委員会に直属する15の新たな機関に置き換えた。

さらに、中国全土を7つの地域に分けていた解放軍の「軍区」を5つの「戦区」に再編し、各戦区には米軍と同様の作戦司令部を置いて実戦の指揮権を付与。軍種については、伝統的な陸軍中心の体系を変え、陸、海、空、ロケット、戦略支援部隊(サイバー攻撃などを担当)が並列する組織に変更するとともに、海戦能力の強化に重点を移した。

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17年10月の第19回党大会で、軍に対する習の権力はさらに強固となった。中央軍事委員会のメンバーを11人から7人に削減し、かつて役人として勤務した地方(福建省浙江省)や故郷である陝西省、そして出自である「太子党共産党高級幹部の子弟)」につながりのある忠実な人材を起用した。

この一方で、習は郭伯雄・前中央軍事委員会副主席ら100人以上の将校を汚職などの軍規違反で投獄している。

人民解放軍の改革を大々的に取り上げた中国国営中央テレビ(CCTV)のドキュメンタリー番組「強軍」には、法廷の被告人席に座らせられ、反省文を読み上げる郭の頼りなげな姿が映っている。「私は自分の罪を告白し、その責任を負わなければならない」。郭には無期懲役の刑が言い渡された。

<迷彩服のアピール>
軍関係者への演説で、習はしばしば自らを軍人出身の官僚とアピールし、軍事バレードには人民解放軍の迷彩服、戦闘靴姿で出席する。
17年4月の大規模な海軍演習。ミサイル駆逐艦 「長沙」 に乗り込んだ習は、南シナ海で展開する48隻の艦隊を観閲した。国営テレビは、海軍司令官の沈金龍と海軍政治委員の秦生祥が、直立不動で習に報告し、敬礼する様子を映し出した。
同年7月、内モンゴル自治区の朱日和演習場で行われた人民解放軍建軍90周年記念の大規模軍事パレードにも、迷彩服に身を包んだ習の姿があった。閲兵隊長の韓衛国は、習が福建省にいた時代に同省で勤務しており、このパレードの後、まもなく陸軍司令官に昇進した。
習近平は軍事パレードに固執している」と中国の政府・軍人事を長年ウオッチしている香港中文大学教授の林和立はいう。「彼は自分自身の実力を誇示できる場を好んでいる」。
南シナ海に広大な布陣>
国家主席として、習は過去の指導者よりはるかに積極的に軍を展開している。2013年、中国はフィリピン、マレーシア、台湾、ベトナムが領有権を主張する南シナ海南沙諸島で、人工島の造成などを開始した。
さらに、台湾を射程に収めるミサイルを配備し、台湾海峡で実弾射撃演習を実施した。南シナ海の広大な海域に布陣している人民解放軍は、必要であれば台湾を武力で「回復する」準備を進めており、元台湾国防相の楊氏は「中国は台湾を威嚇している」と懸念を示す。

中国はいまや、米国との戦争以外のあらゆるシナリオにおいて、南シナ海を支配できる能力を備えている――。フィリップ・デビッドソン米インド太平洋軍司令官(海軍大将)は、司令官に任命される前、議会委員会でこう述べた。一方、中国共産党の幹部養成機関、中共中央党学校の機関紙「学習時報」は、南沙諸島での展開が習の指示を受けているとし、「海に万里の長城を築くことに相当する」と論評した。

中国の軍事圧力は、日本やインドにも及んでおり、日本に対しては、尖閣諸島付近で領海侵入や領空侵犯を繰り返している。18年版の日本の防衛白書は「中国は日本周辺空域における行動を一方的にエスカレートさせており、強く懸念される状況となっている」と指摘。防衛省の今年4月の発表によると、18年の中国機に対する緊急発進は前年より138回増え、638回に上っている。

2017年には、中国とブータンがともに領有権を主張するドクラム高原(中国名:洞郎)で、インドも巻き込んだ緊張状態が発生した。発端は中国人民解放軍道路建設を開始したことで、ブータンが反発。ドクラムを安全保障上の重要地域と位置付けるインドもブータンを支持し、中国に抗議した。

<米国の軍事優位は保証されていない>

現役および退役した複数の米軍高官は、中国周辺の海域で米中衝突となれば、米国が勝つ保証はないとみる。トランプ米政権の防衛戦略見直しの超党派部会で共同議長を務めた元海軍作戦部長、ゲーリー・ラフヘッドは「米国が負ける可能性がある」とし、「われわれは、歴史の重大な転換点にいる」と述べた。

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この超党派部会の報告書は、米国が中ロの軍拡によって「国家安全保障上の危機」に直面していると警告。「米国の軍事的優位はもはや保証されておらず、米国の利益と米国の安全保障に対する影響は深刻だ」と結論付けた。
トランプ大統領は、中国に巨額の対米貿易黒字の削減を要求し、関税をふりかざして「ディール」を迫る。しかし、貿易紛争よりも深刻なリスクは、中国周辺海域で誤算やアクシデントによって、米国とその同盟国が中国と衝突するというシナリオにある。

すでに中国は、米国の兵器に匹敵するか、それを上回る通常兵器ミサイルの戦力を構築している。中国の造船所は、東アジア海域を支配する世界最大の海軍を誕生させた。中国は弾道ミサイル搭載潜水艦の実戦部隊から核ミサイルを発射することができ、強力な報復攻撃能力も確保した。

こうした変化は、アジアにおける米国の絶対的な優位の時代が終わったことを意味する。
<権限集中が抱えるリスク>
しかし、人民解放軍の内部では、米国などの軍事大国に対抗できるのか、疑問視する声もある。軍幹部らによる多くの論説が、戦闘経験の欠如、技術面や指揮統制などの問題を指摘する。
さらに、習への権限集中や大胆な政策は、間違いなく習個人、党、ひいては中国全体にとって大きなリスクとなる。軍組織内の汚職取り締まりと党・政府高官の粛清は、舞台裏で続く権力闘争の一端との憶測も聞かれる。

17年10月の第19回党大会で、そうした憶測を裏付けるような事態が起きた。中国証券監督管理委員会(証監会)主席の劉士余が、郭伯雄ら失脚した幹部グループによるクーデターの企てを非難したからだ。このクーデター説に中国政府は沈黙しているが、軍の機関紙も、証拠を示すことなく、郭らを糾弾した。

習は軍や党の幹部を数多く処罰し派閥を切り崩した。それによって多くの危険な敵を作ってしまったと党指導部と関係のある人々は指摘する。
同年7月、習が中国返還20周年で香港を訪問した際、現地の治安当局はその警護態勢に驚いたという。要人訪問対応に詳しいベテラン警察幹部は、「桁違い」の厳重な警備だったと振り返る。習の身辺警護は強化され、万一の事態を想定した緊張が続く。
身の危険を意識しつつも、習には「強軍化」の手綱を緩める気配はない。17年10月に広州市の司令部を視察した習は司令部の幹部に「戦争と戦闘の準備」に集中するよう指示した。
習には新境地への志向があり「予測が難しく謎めいている」と福建省時代から彼を知る人物は話す。
「(中国)本土の友人たちは『習はリスクを取る人物だ』と言う」。台湾元国防相の楊はそう語り、「彼が次にどのような動きに出るのか、読むことはできない」と続けた。
(文中敬称略)
取材協力:Tim Kelly 日本語版編集:北松克朗、武藤邦子