ブラックホールの初撮影 わかったことと新たな謎

ブラックホールの初撮影 わかったことと新たな謎

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/4/29
ナショナルジオグラフィック日本版

地上の電波望遠鏡をつないだ地球サイズの巨大望遠鏡「イベント・ホライズン・テレスコープ(ELT)」が、おとめ座銀河団の大質量銀河M87の中心にある超大質量ブラックホールブラックホールシャドウの画像撮影に史上初めて成功した(PHOTOGRAPH BY EVENT HORIZON TELESCOPE COLLABORATION)
ブラックホールの姿が、史上初めてとらえられた。科学者たちがとらえたのは、太陽65億個分の質量をもつ超大質量ブラックホールだ。地球から5500万光年の彼方、おとめ座銀河団の中心にある巨大楕円銀河M87のさらに中心にある。画像には、いびつな光の輪に囲まれた暗い部分が見える。これはブラックホールのシルエットを世界で初めてとらえたもので、ブラックホールの口に限界まで迫った画期的な画像である。
今回の画像は、200人以上の科学者が参加した「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT:事象の地平線望遠鏡)」プロジェクトの成果。これは、ハワイから南極まで世界各地の望遠鏡をつないで一斉に観測を行うことで、地球サイズの巨大望遠鏡を実現しようというプロジェクトだ。事象の地平線とは、それを越えてしまったら光でさえも脱出できなくなるブラックホールの境界のことだ。
2017年4月にM87のブラックホールの観測が行われ、5ペタバイト(1ペタバイトは1000兆バイト)におよぶデータが収集された。科学者たちがこの膨大なデータを解析し、ブラックホールの顔写真を構成するには2年もの歳月を要した。
チリ、アルマ望遠鏡の66基の電波アンテナと満天の星。アルマ望遠鏡は、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)ネットワークの主要な要素の1つとして大きな役割を果たした(PHOTOGRAPH BY BABAK TAFRESHI)
これまで人類は、ブラックホールの存在を示唆する間接的な証拠しか見ることができなかった。プロジェクト・ディレクターである米ハーバード・スミソニアン天体物理学研究所のシェプ・ドールマン氏は、「誰もが見えないと思っていたものがついに見えたことをご報告できることを嬉しく思います」と語った。「みなさんが見ているのは『事象の地平線』の証拠です。私たちはついに、ブラックホールの存在を視覚的に示す証拠をつかんだのです」
2019年4月10日付け学術誌「Astrophysical Journal Letters」に発表された6編の論文には、離れ業のような観測と、それが実現するまでのプロセスと、画像から明らかになる詳細な事実が記されている。
主な発見の1つはブラックホールの質量を直接的に割り出したことで、間接的に推定された質量とよく一致していた。また、今回の研究では、超大質量ブラックホールから光速の粒子が噴出する謎について、新たなヒントが得られた。
「実に画期的な成果です。私たちはずっと、ブラックホールを見ることは不可能だと考えていました。自然は、私たちのそんな思い込みを覆してくれたのです」と、ドールマン氏は語る。

■月面に置いたオレンジを撮影するようなもの
EHTは当初、私たちの太陽系を含む「銀河系(天の川銀河)」の中心にある超大質量ブラックホールを撮影しようとしていた。「いて座A*(エースター)」と呼ばれるそのブラックホールの質量は太陽の400万倍ほどで、M87に比べるととても小さい。そこで研究チームは、銀河系から最も近く、最も大きいブラックホールの1つであるM87のブラックホールにも望遠鏡を向けて、将来的には両者を比較したいと考えた。
M87のブラックホール肖像画の方が先に得られたのは、私たちの銀河系の中心をのぞき込むことが、隣の銀河団ブラックホールに目を凝らすことより少々難しかったからだ。
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した数々の驚異的な写真が単一のスナップショットだとすれば、今回のEHTの画像は、複数の望遠鏡での観測結果を「干渉法」という手法で合わせた合成写真だ。別々の望遠鏡で同時に観測した結果を照合することで、望遠鏡の間の距離と同じ大きさの1個の巨大な望遠鏡を使っているかのように対象を「見る」ことができる。

超大質量ブラックホールは、それを取り巻く銀河に比べれば非常に小さい。こうしたブラックホールの姿を写し出すためには、世界各地の電波望遠鏡を動員する必要があった。最終的に、メキシコ、ハワイ、米アリゾナ州、チリ、スペインの6つの天文台の望遠鏡がM87に向けられた。この観測網は地球と同じ大きさの1つの望遠鏡として機能し、ハッブル宇宙望遠鏡が見られる天体の1万分の1の大きさの天体を観測できる。
世界各地の強力な電波望遠鏡を同期させることで、単独の望遠鏡には不可能な有効解像度と感度を実現することができる。施設間の距離の大きさが、この「イベント・ホライズン・テレスコープ」の性能を高めるのに役立っている
EHTの画像チームのメンバーである米カリフォルニア工科大学のケイティー・ブーマン氏は、「私たちが撮影しようとしているものは、空の中ではとてつもなく小さいのです」と説明する。「月面に置いたオレンジの写真を撮影しようとするようなものです」
研究チームは数日間、短波長の電波でM87を観測した。電波であれば、銀河の中心部を包むちりとガスの雲を貫くことができるからだ。研究チームがM87やその他の天体の観測で収集したデータは5ペタ(ペタは1000兆)バイトにもなり、データはハードディスクごと運ばなければならなかった。
ハワイのマウナケア山には多くの天文台があり、イベント・ホライズン・テレスコープの2017年の観測に参加したジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡もここにある(左から2つめ)(PHOTOGRAPH BY BABAK TAFRESHI)
別々の天文台からの観測結果をつなぎ合わせる作業は非常に複雑であるため、4つのチームが独立にデータ処理を行った。各チームは別々のアルゴリズムを用い、その結果を別のモデルと比較して検証した。その結果、各チームが生成した画像は互いによく似ていて、観測に問題はないことが示された。実際、最終的に得られた画像は、研究者が事前に行っていたシミュレーションで得られた画像とほとんど見分けがつかないほどよく似ていた。
EHTチームのメンバーであるオランダ、アムステルダム大学のセラ・マーコフ氏は、「怖いくらい予想通りでした」と言う。
研究チームは、近いうちに、地球から最も近く、最も重要な超大質量ブラックホールであるいて座A*の画像を発表する予定だ。しかし、いて座A*の方が近いから、今回の画像よりシャープな画像になるだろうと期待してはならない。
英国の王室天文官であるケンブリッジ大学のマーティン・リース氏は、「M87のブラックホールはいて座A*の約2000倍遠くにありますが、大きさも約2000倍です」と言う。「つまり、地球から見た時の大きさはどちらも同じなのです」

■膨大なデータから見えてきたこと
画像を手にした科学者たちは、ブラックホールの物理学の謎を深く研究できるようになった。そこには基礎の確認も含まれている。
「こうした観測から知りたいのは、ブラックホールの特性が、アインシュタインの理論から予想されるものと同じかどうかということです」とリース氏は言う。
これまでにわかった範囲でいえば、アインシュタインの予想はどちらかと言えば正しかったようだ。アインシュタインブラックホールの存在については懐疑的だったが、彼が1915年に発表した一般相対性理論の方程式の解は、宇宙に非常に重い天体があれば、それは球形で、光の輪に埋め込まれた黒い影のようなものであると予言していた。
M87のブラックホールの画像はその予想と一致していた。光の輪はやや不均一で、膨らんだドーナツのように見えるが、それも予想されていた。ブラックホールのまわりを回る円盤は、その一部が私たちの方に向かって動いているため少し明るく見えるのだ。

「全体が動いているため、一部は私たちに向かってくるのです。『インターステラー』の表現は、この点で間違っています!」と、マーコフ氏は2014年のSF映画で描かれた超大質量ブラックホールとの違いを指摘した。「この画像には圧倒的なものがあります。私たちは今、時空の吸い込み穴を見ているのです」
銀河系の近くにあるおとめ座銀河団楕円銀河M87には、超大質量ブラックホールと数兆個の恒星、そして約1万5000個の球状星団がある。私たちの銀河系は数千億の恒星と約150個の球状星団からなる(PHOTOGRAPH BY NASA, ESA AND THE HUBBLE HERITAGE TEAM (STSCI/AURA); ACKNOWLEDGMENT: P. COTE (HERZBERG INSTITUTE OF ASTROPHYSICS) AND E. BALTZ (STANFORD UNIVERSITY))

■質量は太陽の65億倍、大きさは?
研究チームは、M87のブラックホールの事象の地平線に基づき、その質量を太陽の約65億倍と見積もった。これは、ブラックホールのまわりを公転する恒星の運動から間接的に見積もられた質量に近い。ただし、ブラックホールのまわりを公転するガスの運動から見積もられた数字と比べると、はるかに大きかった。ガスの運動からブラックホールの質量を推定する手法は、恒星の運動を利用する手法よりも容易で、より広く用いられている。この手法が不正確であるなら、科学者はその理由を明らかにしなければならない。
プリンストン大学の天体物理学者ジェニー・グリーン氏は、「ガスの運動に基づいてブラックホールの質量を見積もる手法は、小さい銀河から始まり、どんどん大きい銀河に適用されるようになっていきました。そろそろ、この手法を正しく調整する段階に来ているのかもしれません」と言う。
新しいデータはブラックホールの質量を推定するのには役立つが、M87のブラックホールの事象の地平線の範囲を厳密に決めるのは少々難しい。画像を見るとわかるように、中心部の黒い円のシルエットはぼやけている。その正確な直径は、ブラックホールの回転速度や、宇宙での正確な向きなど、まだ明らかになっていない多くの要素に依存している。
このブラックホールが私たちの太陽系にあったら、その事象の地平線は冥王星の軌道のはるか彼方まで、もしかすると、地球から太陽までの距離の120倍以上の距離まで広がっているかもしれない。
だとすると、M87のブラックホールに落ちる人は、事象の地平線を横切った時点では何も感じないだろう。ブラックホールが大きすぎて、事象の地平線の時空はほとんど曲がっていないからだ。そこでは、M87の巨大な重力はあなたの頭の先からつま先までを同じ力で引っ張っている。しかし、さらに落ちていくうちに時空の曲がりが強くなり、あなたはひも状に引き裂かれてしまうだろう。

■ジェットを生み出すもの
特異点」と呼ばれるブラックホールの中心に何かあるのか、あるとしたら何があるのか、誰も知らない。宇宙に開いたこの穴の周囲には曲がった時空が広がっていて、そこから脱出できるものはない。
しかし、今回の画像は、M87のブラックホールから光速に近い猛スピードで噴出する超高エネルギー粒子について理解する手がかりを与えてくれるはずだ。M87の可視光のジェットは長さ約4900光年に及び、特に目を引く現象だ。
一般に、ブラックホールは物質を吸い込む天体であるとされているため、物質を噴射しているという概念は逆説的に聞こえるかもしれないが、ブラックホールが訳のわからない挙動をするのは今に始まったことではない。
M87の中心は宇宙の巨大なサーチライトによって輝いている。ブラックホールからエネルギーを供給された素粒子のジェットが光速に近い速度で噴出しているのだ。ハッブル宇宙望遠鏡が撮影したこの画像では、M87の恒星や星団の黄色い光と青いジェットが美しい対照をなしている(PHOTOGRAPH BY NASA AND THE HUBBLE HERITAGE TEAM (STSCI/AURA))
カナダ、マギル大学のダリル・ハガード氏は、「ブラックホールは、物質をかき集めるのと同じくらい、物質を放り出すのが得意なようです」と言うが、ブラックホールがジェットにエネルギーを供給するしくみはまだよくわかっていないと説明する。
これまでに複数の天文台が幅広い電磁スペクトルでブラックホールを観測し、ジェットの背景にあるエンジンを明らかにしようと試みてきた。
マーコフ氏によると、このようなジェットは、事象の地平線のまわりを回る物質が作る円盤(エルゴ球と呼ばれる)から生じているようだという。エルゴ球では、時空は永久に回転している。この領域の特徴は、強い磁力線と、数百万度まで熱せられたガスと、信じられないような高速で飛び回る粒子だ。これらの要素が微視的なスケールで相互作用することにより、何らかのしくみで、ジェットに含まれる膨大なエネルギーが解放されるのだ。
マーコフ氏は、M87のブラックホールの比較的活発なジェットを、今後発表される私たちの銀河系の眠れるブラックホールと比較することで、「宇宙の長い歴史におけるブラックホールの影響の変動をよりよく理解できるようになるでしょう」と期待する。
(文 Nadia Drake、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年4月12日付]