F35墜落で始まった日米vs中ロ「海中の攻防」

F35墜落で始まった日米vs中ロ「海中の攻防」  編集委員 高坂哲郎

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2019/4/13 5:50
日本経済新聞 電子版
「空飛ぶ高性能レーダー」でもあるF35は将来、弾道ミサイル撃墜にも活用できる可能性が出てきた
「空飛ぶ高性能レーダー」でもあるF35は将来、弾道ミサイル撃墜にも活用できる可能性が出てきた
航空自衛隊が導入した初のステルス戦闘機F35Aが4月9日、青森県沖の太平洋上で訓練中に墜落した。自衛隊と米軍による捜索活動が続いているが、墜落機と搭乗員の発見には至っていない。次世代の航空戦を左右する先進技術の固まりでもある機体には、中国やロシアが触手を伸ばしてくるおそれがあり、過去の戦闘機の墜落事故とは大きく異なる緊張感が漂う事態になりつつある。

■即座に捜索に動いた米軍の危機感
三菱重工業の小牧南工場で完成した「国内組み立て」初号機だったF35Aの機影が空自レーダーから消えて間もない9日夜、在日米軍はただちに自衛隊による捜索活動に協力すべく動き出した。日米が共同使用する三沢基地からは、P8A哨戒機を発進させたほか、横須賀基地を拠点とするイージス駆逐艦ステザムを現場海域に派遣した。グアム島アンダーセン基地からB52戦略爆撃機を現場海域まで飛ばしたとの情報もある。
米軍は、自衛隊と協力するとはいえ、今回のF35の事故ではなぜ、そこまで踏み込んだのか。米軍も航空機の事故を起こしてきた。18年12月には岩国基地配備のFA18戦闘攻撃機とKC130空中給油機が夜間訓練中に接触して墜落し、計6人の搭乗員を失った。その際にも、今回のような大規模な捜索は実行しなかった。自衛隊のF35Aの事故は、過去の事案とは大きく意味合いが異なるのだ。
F35は、米空軍や日英豪など米国の同盟国の軍において、防空や攻撃などさまざまな任務を今後数十年にわたって担う主力戦闘機となるが、実は同機の任務はそれだけにとどまらない。
あまり知られていないが、F35は敵の弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛(MD)任務にも使える「空飛ぶ超高性能レーダー」であることが、完成した後の搭載センサー類の性能確認作業でわかってきたのだ。
先々、弾道ミサイルを撃ち落とす新型空対空ミサイルが完成し、それを搭載したF35部隊を米軍や航空自衛隊保有するようになったと仮定する。その際、周辺の中国や北朝鮮などが日米を標的にした弾道ミサイルを発射しても、兆候を探知してあらかじめ上空でF35を待機させておくことによって、弾道ミサイルの速度の比較的遅い上昇(ブースト)段階で破壊できるようになるわけだ。
つまりF35は、有事の際に小型核兵器の使用のハードルが低いロシアなどが真っ先に標的にする恐れがある陸上配備型イージス・システムよりも効果が確実で、副次的な被害も非常に少なくて済む、頼れる防衛システムになる可能性がみえてきたのである。
米国が最近、北大西洋条約機構NATO)の加盟国でありながらロシアにすり寄ろうとするトルコに対し、F35の供与を渋り始めたのもうなずける。
中国は既にサイバー攻撃を通じて米軍からF35の設計情報などを窃取したと報じられている。また、J20など類似するステルス機を着々と開発・配備もしている。ただ、いかにサイバー攻撃で情報を得たところで、使う素材やステルス用の特殊な塗装の内容などつかめない情報も多い。米軍がわざと、入手しやすいサイバー空間に偽の技術情報をおいておき、中国に欠陥付きの戦闘機を開発させようとしている可能性もある。
中国やロシアにとって最も望ましいのは、米軍が開発した実物を入手することであり、中ロの軍や情報当局が空自F35Aの墜落海域を注視していることは想像に難くない。
米軍が今回、墜落海域に戦略爆撃機B52を派遣するという異例の反応を示したのは、「墜落機体を中ロが奪うことは絶対に許さない」との強い決意を示すためだったようだ。

■過去に実際にあった「深海の回収攻防戦」
米軍がそう考えると推察される根拠がある。実は、ほかならぬ米軍が、敵対相手の虎の子の兵器を海中からそっくり手に入れた史実があるのだ。
冷戦時代の1968年、核ミサイルを搭載した当時のソ連軍の潜水艦K129が米ハワイ近海の海中で爆発・沈没した。米軍は、世界各地の海底に張り巡らせた潜水艦探知システムで爆発音を探知し、その後、米海軍の潜水艦が沈没したK129を発見。当時のソ連の軍事機密の固まりであった同潜水艦を引き揚げるため、米中央情報局(CIA)はわざわざ専用の大型サルベージ船を新造し、沈没から6年後の74年、表向きは海底のマンガンを採掘するという口実のもと、K129を引き揚げることに成功した。この作戦の正式名称は「アゾリアン計画」だが、「ジェニファー計画」という俗称で呼ばれることも多い。
ソ連軍も独自に回収を目指したものの、探知能力や捜索海域の場所(ハワイ沖)などの点で米側が優位だったため、目的を達成できなかった。
今回墜落した空自のF35Aは墜落海域の深度約1500メートルの海底のどこかにあると推測されている。容易ではないだろうが、引き揚げが不可能な深さでもない。K129を引き揚げた45年前よりも探査やサルベージの技術などは進歩しているし、墜落機体はK129よりもはるかに小さい。
墜落海域は青森の沖合約150キロメートルと、日本の排他的経済水域EEZ)の内部で、中国やロシアがCIAがしたように資源探査などを名目に墜落機体の捜索や引き揚げ作業を日本に無断ですることはできない。ただ、中国軍やロシア軍が潜水艦や無人潜航艇などを繰り出して、機体の入手を試みる可能性が皆無とはいえない。
墜落機の回収は、搭乗員の収容や墜落事故の原因究明のため不可欠なことはいうまでもない。同時に、日米対中ロの航空戦力バランスを将来、中ロ優位に傾かせかねない事態を回避するうえでも回収は果たさなければならない。英国や豪州、イスラエルなどほかのF35導入国が今後の推移を注視している。
高坂哲郎(こうさか・てつろう)
 国際部、政治部、証券部、ウィーン支局を経て2011年編集委員。05年、防衛省防衛研究所特別課程修了。12年より東北大学大学院非常勤講師を兼務。専門分野は安全保障、危機管理など。著書に「世界の軍事情勢と日本の危機」(日本経済新聞出版社)。