うんこは「茶色いダイヤ」 腸内細菌、新薬に効く

うんこは「茶色いダイヤ」 腸内細菌、新薬に効く

2019/7/14 4:30
日本経済新聞 電子版

ヒトのふん便に含まれる100兆個の細菌を病気の治療に生かす研究開発が加速し始めた。解析技術が進化し、腸内細菌と病気の関係が詳しくわかってきたためで、中堅製薬の日東薬品工業(京都府向日市)は動脈硬化の治療薬の開発に着手。人工知能(AI)を活用した予防技術の開発も進む。2020年代半ば以降の1兆円市場をにらみ、各社は腸に宿る「茶色いダイヤ」に磨きをかける。
阪急京都線西向日駅」から徒歩5分。日東薬品が5月に新設した研究施設には、先進的な解析・培養装置がずらりと並ぶ。国内で初めてとされる、腸内細菌を使った創薬の重点研究施設だ。
同社は神戸大学の山下智也准教授と共同で動脈硬化を抑制する働きがある腸内細菌を発見。27年ごろの臨床試験(治験)入りを経て、医薬品としての承認申請を目指す。
■乳酸菌など100兆個、病気と因果関係
腸内細菌はヒトの体内にいる細菌(マイクロバイオーム)の代表格だ。腸内に約100兆個・1000種類がいるとされ、人体の細胞の数を大きく上回る。腸内細菌の集まりを「腸内フローラ」といい、ビフィズス菌や乳酸菌が知られる。
近年は次世代シーケンサー(遺伝子解析装置)の登場により細菌の解析が進展。細菌群のバランスが崩れると病気になり得ることがわかってきた。創薬では、特定の疾患に作用する細菌を腸内から抽出。有効な菌のみを培養し、錠剤などの薬剤にして患者の腸内に届ける。
1947年設立の日東薬品は乳酸菌や納豆菌に強く、培養技術では国内トップクラスとされる。これらの菌を配合した総合胃腸薬を国内で先駆けて開発。興和名古屋市)の「ザ・ガードコーワ整腸錠」などを製造するほか、ロッテのチョコレート菓子などにも乳酸菌を供給している。
腸内細菌でも地道にノウハウを蓄積してきた。創薬の共同研究先は神戸大学など4機関、細菌の代謝物などを対象とした共同研究は11機関に及ぶ。日東薬品の北尾浩平常務は「ハードルは高いが創薬シーズの製品化を進めたい」と意気込む。
製薬大手も動く。17年発足の企業連合、日本マイクロバイオームコンソーシアム(大阪市)には武田薬品工業小野薬品工業塩野義製薬など計35社が参加。腸内細菌などを使った製品・サービスの商用化を目指す。
課題は腸内細菌を解析したデータベースの構築だ。コンソーシアムの運営委員長を務める寺内淳氏は「平均寿命が長い日本人の腸内細菌のデータは『宝の山』。治療や早期発見につながるポテンシャルがある」と語る。
実は日本は腸内細菌の研究で、欧米に引けを取らない優位性がある。ヤクルトなど細菌に着目した製品や菌の培養技術で実績があり、欧米人に比べて肥満になりにくいなど特徴的な体質を生かした細菌の用途開発も可能だと期待されている。
医薬基盤・健康・栄養研究所大阪府茨木市)の国沢純ワクチン・アジュバント研究センター長は「(腸内細菌を生かした医療は)日本にとって大きな産業になる可能性がある」とみる。
腸内細菌と重大疾病の関係を巡る研究成果も相次いでいる。6月には大阪大学東京工業大学などが共同で、大腸がん患者に特有の腸内細菌を発見したと発表。約8割の精度でがんを発見できるという。国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)も1月、認知症との関係を指摘。東北大学などは腸内細菌の代謝物が腎臓病の原因物質の一つになると明らかにした。
市場の成長期待は大きい。調査会社シード・プランニング(東京・文京)によると、体内の細菌を使った医薬品の世界市場は、18年の60億円程度から24年には8450億円になる見通し。疾病の特定や検査でも活用が広がるとみている。
実際、腸内細菌の分析技術を持つメタジェン(山形県鶴岡市)はSOMPOヘルスサポート(東京・千代田)と連携。どのような生活習慣を改善すれば疾病の予防に役立つのか、腸内環境の変化から予測するAIの開発を進める。悪化する前に病の芽を摘む作戦だ。
■治験で先行する欧米勢を追走
治験の着手など実際の事業化に向けた動きは欧米勢が速い。
米製薬セレス・セラピューティクスは潰瘍性大腸炎など4つの腸内細菌を使った候補薬を保有。スイス系のネスレヘルスサイエンスから大型出資を受け、共同で治験を進めている。米ヤンセンファーマも米ヴェダンタと提携し、炎症性腸疾患の治験を進行中だ。
武田薬品も腸内細菌分野の創薬では、仏エンテローム・バイオサイエンスと共同研究をしている。北米の企業2社とも同分野で提携した。
ただ、治験が進む海外については、6月、米国で気になる発表があった。健常者の便を患者に投与する作業を含む治験で死者が出て、米食品医薬品局(FDA)が警告を発した。従来も便を移植する手法は一定の効果が確認されている。だが悪性の菌を移植してしまう恐れもあり、今回は不手際があったもようだ。
問題があった事例は有用な細菌のみを培養・製剤化する一般的な手法とは異なるものの、米国で治験に関わる企業や患者に負の影響が及ぶ可能性がある。一方の日本勢にとっては、リスク管理も踏まえて研究を加速し、欧米との差を縮める好機になるかもしれない。
日本政府も「スマートバイオ産業」の一分野として腸内細菌に注目し始めるなか、安全基準の整備などで迅速な対処を求められる。海外勢とも連携しながら、産官学の知見を生かした取り組みに腸内細菌医療の未来が懸かる。
(京都支社 赤間建哉)
日経産業新聞 2019年7月11日付]