民間ロケットが価格破壊 宇宙産業に風穴(真相深層)

民間ロケットが価格破壊 宇宙産業に風穴(真相深層)
ネット通販+内製で6分の1

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科学&新技術
2019/7/9 1:30

燃料などを入れるタンクの溶接まで社内でこなす(インターステラの工場、北海道大樹町)
燃料などを入れるタンクの溶接まで社内でこなす(インターステラの工場、北海道大樹町)
5月に観測ロケットの宇宙までの打ち上げに成功したインターステラテクノロジズ(IST、北海道大樹町)が、13日にも再びロケットを打ち上げる。同社はわずか23人の技術者集団。ネット通販も使いながらコスト削減を徹底し、打ち上げ費用を従来の6分の1程度にするめどをつけた。価格破壊でロケットの世界に風穴を開けつつある。
「商用化に向け、短い間隔で打ち上げを成功させる」。ISTが6月末に都内で開いた記者会見。稲川貴大社長は「MOMO(モモ)4号機」の計画に自信を見せた。
5月に打ち上げた3号機(全長10メートル、直径50センチメートル)は発射から4分後に宇宙空間とされる高度100キロメートルを超え、113キロメートルに達した。日本企業が単独開発したロケットが宇宙に届いた初の事例として話題を呼んでから2カ月強で次に挑む。
ISTの強みは低コスト開発だ。3号機の開発費は1億円超。日本のロケット開発を支えてきた宇宙航空研究開発機構JAXA)にも大きさや到達高度がモモに近い観測ロケットがある。構造が違うモモとの単純比較は難しいが、打ち上げ費用は約3億円という。ISTの稲川社長はモモについて「今後5000万円前後で売る」と話す。
ISTの社員の大半はハード設計、制御ソフトなどの技術者たちだ。JAXAなどは通常、実績のある特注品を使うのに対し、ISTは金属板からネジまでネット通販で安い汎用品を買い集め、内製にこだわる。
工場を兼ねるISTの本社には切削や溶接に使う工作機械が所狭しと並ぶ。「ウィーン」と甲高い音を響かせるのは切削機だ。加工データを入力するとドリルが回転し金属を高い精度で削ったり穴を開けたりする。カメラで撮影した動画を地上に送る箇所には安価な簡易コンピューター「ラズベリーパイ」を使う。
エンジンも内製だ。液体酸素やエタノールを推進剤に使う「ピントル式」という構造を採用した。米国が1960年代にアポロ計画で宇宙船に使った古い仕組みで燃焼効率は悪いが、部品数が少なく自社で組み立てられるのが決め手だった。
推進剤を入れるタンクは、アルミ合金を加工会社から調達し社内で溶接して仕上げる。タンクの製造費を100万円以下に抑え「外注に比べ費用は半分以下か1桁小さい」(稲川社長)という。
ただ中核部品には投資も惜しまない。ロケットの姿勢などの制御に使うコンピューターには半導体設計大手、英アーム・ホールディングスマイコンを使い産業機器レベルの信頼性を確保した。
世界では民間が主導し宇宙ビジネスは拡大が続く。宇宙関連NPOの米スペースファンデーションによれば、17年の市場規模は3835億ドル(約41兆円)と12年比で4割増えた。40年に1兆ドルを超えるとの予測もある。
市場開拓で先行するのが米国勢だ。イーロン・マスク氏が率いるスペースXはロケットの回収・再利用に強みを持つ。従来1度切り離されたロケットの第1段は使い捨てるが、同社は陸上や海上の設備に何度も着陸させ整備して打ち上げに生かす。費用を従来の100分の1にする構想を掲げる。ロケットラボは3Dプリンターでエンジン主要部分をわずか1日でつくる。小型衛星を載せる「エレクトロン」を5億円前後で打ち上げる。
観測ロケットで実績を積み上げるISTも世界での勝負を見据える。開発計画にあるのが、衛星打ち上げ用のロケット「ZERO(ゼロ)」だ。モモの50倍の出力のエンジンを使い、100キログラム以下の小型衛星を高度500キロメートルまで運ぶ。23年に打ち上げを始め、地上の観測や高速通信など国内外の需要を取り込む狙いだ。稲川社長は価格面などでロケットラボを競合として強く意識する。
ロケットの価格競争で宇宙輸送のハードルが下がれば、衛星データの販売や宇宙資源の開発などの可能性は広がり、日本勢の参入への期待も大きい。A・T・カーニーの石田真康プリンシパルは「ロケットは価格だけでなく、信頼性や日程の柔軟性など様々な要因で選ばれる」と指摘する。ISTが信頼を勝ち取り、顧客を開拓する作業は始まったばかりだ。(山田遼太郎、山中博文)