【ネット投票の足音(中)】露呈する「紙選挙」の限界 失敗の電子投票、教訓生きるか

【ネット投票の足音(中)】露呈する「紙選挙」の限界 失敗の電子投票、教訓生きるか

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 「紙と鉛筆」による選挙を変える第一歩となる、はずだった。
 今年4月、青森県六戸町(ろくのへまち)。町議選の投票所で投票用紙を手渡された住民がため息をついた。「今回から『紙』に戻ったの?タッチパネルは便利だったのにねぇ」
 町では平成16年から専用のタッチパネル式投票機を使った「電子投票」を導入。紙の投票で悩みの種となる疑問票がほぼゼロになり、開票時間の短縮も達成した。
 「高齢の町民からも使いやすいと好評だった」(担当者)が、昨年、ある理由から電子投票の休止を決めた。統一地方選に合わせて実施される今年4月の町議選からは、15年ぶりに紙の投票に戻した。
 今、全国を見渡しても電子投票を実施している自治体はない。何があったのか。
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 その前に、日本での投票のIT化に向けた検討の歴史を整理したい。
 自治省(現総務省)が海外事例を基に、電子投票制度の案を提示したのは平成11年。その際、(1)指定投票所で電子投票(2)全国どこの投票所でも電子投票が可能(3)場所を問わないインターネット投票-の3段階で進化させる青写真を描いた。
 14年、第1段階の実現を念頭に、地方選での電子投票を可能にする電子投票法が施行。約2年間で10自治体が電子投票を導入した。ここまでは順調だったが、間もなく事態は暗転する。
 15年7月の岐阜県可児(かに)市議選。サーバーの不具合で1時間以上投票ができず、さらに誤操作により、投票総数が投票者数を上回る事態が起きた。住民との訴訟にも発展し、最高裁で選挙の無効が確定。結果、市は再選挙を余儀なくされた。

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 選挙は公正・公平が大原則。失った信頼は戻らず、これを機に、導入自治体が次々と制度の休止や凍結に傾いた。「可児ショック」。関係者は口をそろえる。
 そして最後の実施自治体となっていた青森・六戸町。28年、採算性の問題で機器の更新や供給が困難と供給業者から伝えられた。国内唯一の電子投票の灯火がひっそりと消えた。

 電子投票は事実上の失敗に終わり、日本での投票のIT化は頓挫したように見えた。だが近年は、紙での投票の限界が露呈するケースが相次ぐ。
 愛媛県大洲(おおず)市の沖合13・5キロに浮かぶ青島。人口約10人の小さな島をトラブルが襲ったのは29年の前回衆院選だった。
 期間中、大型台風の直撃や四国本土との唯一の交通手段となる定期船の点検が重なり、船は12日間連続で欠航に。期日前投票所の設置に必要な機材の搬入だけでなく、投開票日に島民が本土にある正規の投票所に行くことも実現しなかった。「離島なので仕方ない」。島民らには諦めムードも漂うが、投票のIT化でこうした事態を回避できた可能性がある。
 青島以外でも開票所へ投票箱を運ぶ船が出せず開票が延期になったり、投票所付近が水没し、有権者に影響が出たりしたケースもある。
 事態を重く見た政府は、改めて投票のIT化を検討。まずは海外在住の有権者を対象とする「在外投票」で、ネット投票を導入できるかの議論を始めた。
 ネット投票は従来の第1、2段階を一気に飛び越えた「究極の姿」(関係者)。課題の解決には、有権者が投票所へ足を運ぶという前提を転換させる必要があると判断したためだ。スマートフォンタブレット端末など、かつて想像もしなかった機器の登場も議論を後押しした。

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 「社会状況の変化に合わせて投票制度も変化していくべき」と指摘するのは投票制度に詳しい杏林大の木暮健太郎准教授。「まずは離島や災害時の投票といった例外ケースでネット投票を導入し、段階的な拡大を検討することも必要」と述べた。