新幹線の車窓から見てみると…沿線風景よもやま話

新幹線の車窓から見てみると…沿線風景よもやま話
「レアもの」見つける楽しみ 栗原景

カバーストーリー
2019/8/8付
東京駅発の東海道新幹線「こだま」に乗り、新大阪駅に到着するまで約4時間、車窓から一心にカメラのシャッターを押し続ける。その数1万2千ショット。新幹線の車窓観察を趣味にして11年になる。
今どき、窓の外を流れる風景に目を向ける人はどれだけいるだろう。天気のいい日でもスマートフォンを見ていたり、パソコンで仕事をしたりしている。でもそれってちょっともったいない。
観察のきっかけは知人の編集者と新幹線で飲んだときの会話だった。「新幹線は旅情に乏しい」と言う編集者に、「ここから見る景色も捨てたもんじゃない」と私。小学3年生のころから鉄道を乗り歩いてきた「乗り鉄」の私は、特に東海道新幹線の車窓風景を気に入っていた。
活動して思うのは、新幹線の乗客にメッセージを送る企業がいかに多いかということ。有数の工業地帯を通る同線利用客は1日47万人。企業は好印象を残そうと、あの手この手で語りかける。
キリンビール名古屋工場のタンク。新幹線から見える側にだけビールジョッキが描かれている
キリンビール名古屋工場のタンク。新幹線から見える側にだけビールジョッキが描かれている
下り列車で名古屋駅を出て2分、右側に巨大なタンクに描かれた生ビールが見える。一番おいしくなるというビールが7、泡が3の割合の心憎いアイデアキリンビール名古屋工場だ。工場を取材すると、新幹線から見えないタンクには何も描かれていない。広報担当者に理由を聞くと「ここにおいしいビールがあることを知ってもらうため、ペイントを施した」と楽しそうに語った。
宇宙を飛び交うセロハンテープのイラストと「無くしてわかる ありがたさ 親と健康とセロテープ」という、思わずニヤリとするコピー。かつて三河安城駅の近くで目撃できたニチバンの工場に描かれた自社広告で、文言はコピーライターの仲畑貴志氏の作だった。

田んぼや道に立つ「野立て看板」も見逃せない。白地に「727 COSMETICS」の赤字の看板。昔から沿線に多数ある、この社名のみの看板は大阪の化粧品会社のものだ。黄色地に「プチプチプチ……」という青い文字が渦を巻くシュールな看板は、気泡緩衝材メーカー川上産業。通り過ぎる瞬間に「今のあれ何?」と乗客の目を引けるかが勝負なのだ。

海側の窓から一瞬見える「幸せの左富士」
海側の窓から一瞬見える「幸せの左富士」
新幹線に乗る大きな楽しみはやはり富士山だろう。見たい人は山側の席に座るが、実は海側の席でも見られる地点がある。下りの「こだま」の場合、静岡駅を出て2分、後方から富士山が現れる一瞬がある。よほどでないと見過ごすので、見えたら幸運が訪れる「幸せの左富士」と言われる。
レア物といえば「米原のトトロ」も忘れてはいけない。米原駅を過ぎ、住宅の背後の裏山からこちらを見るトトロを見つけられたらラッキーだ。よくできたオブジェと思いきや、現地に行くと岩に塗装したものだった。
新幹線建設の歴史も体感できる。下りで品川駅を出て加速した後、急に減速する区間がある。「武蔵小杉の大カーブ」だ。1964年の東京五輪に合わせて開業するため、用地買収が容易で費用も抑えられるルートを探った。何気なく乗っている新幹線のルートに、半世紀以上前の国鉄の苦労が刻まれているのだ。
旅行会社と共同で「こだま」の1両を借り切って車窓風景を楽しむツアーを行った。好評で、じわりとファンが増えていることを実感できた。2027年にはリニア中央新幹線の開業も予定されている。東海道新幹線の役割は変わる。車窓を楽しむ文化が広がってほしいし、私もその魅力を多くの人たちに伝えていきたい。
(くりはら・かげり=ジャーナリスト)