動揺する「中国漬け」の世界 豪・独が鳴らす警鐘

動揺する「中国漬け」の世界 豪・独が鳴らす警鐘
本社コメンテーター 梶原誠

梶原 誠
Deep Insight
本社コメンテーター
2019/8/20 2:00 日本経済新聞 電子版
「歴史上初めてとなる中国発の世界景気後退」。これこそが8月に入って以降、世界を揺らしている市場波乱の根底にあるシナリオだ。米国による対中関税の追加、人民元の1ドル=7元台への下落、米国が中国を為替操作国に指定……。表面化した材料はどれも、ふらつく中国景気の一段の悪化を世界の投資家に連想させた。
中国発の逆風を最も強く意識した先進国の市場は、間違いなくオーストラリアだ。中国は2009年以降、豪州にとり最大の輸出国であり、輸出全体に占める割合は30%を超える。中国の成長を追い風に、27年を超える異例の景気拡大を続けてきた。
ところが8月以降、先週までに株式相場は6%下げ、豪ドルは10年ぶりの安値まで売られた。長期金利は、景気の悪化を織り込む形で初めて1%を割った。「国家の繁栄が集中砲火にさらされている」。普段は抑制した論調の経済紙「フィナンシャル・レビュー」ですら、パニックに駆られた見出しを1面トップに掲げた。
豪州の市場関係者が緊張したのは、同国最大の輸出品であり、鉄鋼生産大国の中国が最大の買い手となっている鉄鉱石の相場が急落したからでもある。国際価格は7月末比で一時25%も安くなった。中国景気が悪化して、需給関係が緩むと受け止められたのだ。
それは、鉄鉱石の輸出が屋台骨を支える豪州経済の足も引っ張る。仮に日本の稼ぎ頭である自動車の価格が一気に25%引き下げられたら、衝撃で日本の株式市場も大揺れになるだろう。
豪州の混乱は、中国の景気悪化がもたらす惨事が頭をよぎり、動揺した世界の市場の縮図だ。多くの市場関係者は今回の波乱で、世界経済が思ったより中国に頼っていると気付いたのではないか。
中国の国内総生産GDP)が世界に占めるシェアは昨年で16%だ。米国の24%に次ぐ世界2位とはいえ、16%という数字だけを見ると中国が少々揺らいでも大した影響はないと感じる人もいるはずだ。ところが、豪州のように中国を貿易相手とする国の立場で見ると、震度はまるで異なる。
国際通貨基金IMF)のデータで試算すると、中国を最大の輸出先とする国と地域は昨年で34。07年の13から3倍近くに増え、米国を最大の輸出先とする36カ国・地域とほぼ肩を並べた。
この期間は08年のリーマン危機で米国がつまずき、巨額の経済対策を打った中国が逆に存在感を高めた過程と重なる。先進国の日本、そして新興国の代表格であるブラジルや南アフリカのように、最大の輸出先が米国から中国に代わった国も多い。
最大とまではいかなくとも、輸出先の上位3位に中国が入っている国と地域は約70に達する。約200と言われる国と地域の3分の1以上が中国を「得意先」としており、中国経済が悪化した場合に少なからぬ悪影響を被る。「中国漬け」になった世界の一断面だ。
ドイツの苦境も今こそ検証に値する。同国も中国発の逆風に悩んでいる。14日には4~6月期のマイナス成長を発表して投資家心理を冷え込ませたが、「景気低迷の最大の原因は中国」(英王立国際問題研究所のジム・オニール会長)というのが市場の認識だ。
ドイツにとって、中国は米国とフランスに次ぐ第3位の輸出先だ。中国での自動車販売を急拡大したこともあり07年の11位から大きく浮上。輸出全体に占める中国の比率も3%から7%へと2倍以上になった。この「中国シフト」が、景気の悪化に伴う中国の自動車市場の冷え込みで裏目に出た。
本当に苦しむのはこれからだ。中国政府は国内自動車市場の電気自動車(EV)化を加速している。米経営コンサルタント会社のアリックス・パートナーズによると、国内販売に占める広義のEVの比率は今の7%から25年には19%に拡大する。今年だけでも、50を超える国内EVメーカーが100以上のモデルを投入する。
自動車産業に国の経済を依存するドイツは、巨額の投資負担が短期的な業績悪化を招き、雇用調整も迫られるEV化が遅れていた。このままでは皮肉にも、かつて技術を供与してきた中国の自動車産業に顧客を奪われる。ドイツは中国景気の悪化と、進化した中国企業との競争の両面で逆境にある。
日本企業にとっても、近隣の世界2位の経済大国を抜きにしては経営戦略が描きにくい。両国の外交関係も好転した。「今はチューリップが開いている」。パチンコ台に例えて企業に中国進出を促す日本の外交関係者もいる。
だが、チューリップはいずれ閉じる。そのきっかけが中国の景気悪化であり、中国企業との競争激化であるのは豪州やドイツの苦境が教える通りだ。外交も、何を契機に悪化するかわからない。
そんな中国でも、安定的な収益源にする方法がある。「買わざるを得ないもの」を創ることだ。日本製品不買運動で揺れる韓国ですら、半導体メーカーは日本製部材の確保に奔走している。中国では12年、尖閣諸島問題で大規模な反日デモが続いたが、ピジョンの高品質な哺乳瓶は売れ続けた。
独自性を握るカギはイノベーションだ。歴史的な水準の現金を持ちながら、デジタル投資が米国に見劣りするようでは心もとない。昨年末以降、製造業の業績下振れの多くは中国景気の悪化が原因だ。日本株もまた、中国の行方と浮沈を共にするのだろうか。