ありがとう、おっちゃん

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ありがとう、おっちゃん

夏休みの里帰りや家族旅行。
子ども連れで出かける機会が増える時期ですが、子どもが大声で泣いたり、はしゃいだりすると、気になるのは「社会の視線」です。

ネット上では、子ども連れで出歩くことに対する厳しい非難の声が後を絶ちません。そんな中、ある出来事を経験した母親は、つぶやきました。
「ありがとう、おっちゃん」
(ネットワーク報道部記者 大窪奈緒子 斉藤直哉 和田麻子)

新幹線で大泣きされ…

ミュージシャンの剣樹人さんが、2歳半になる娘の「イヤイヤ期」について書いた投稿がネット上で大きな反響を呼んでいます。

剣さんがこの夏、実家がある長野県から東京に戻るため、娘と2人で新幹線に乗っていた時の出来事を書いた投稿によると、途中から娘の機嫌が悪くなっていったということです。

剣さんが額の汗をぬぐったというささいなことがきっかけで、ついに「おでこ違う!」と大声で叫び、泣き始めました。

すると後ろの席の乗客から「うるさい!」とどなられ、剣さんはデッキへ移動してあやしましたが、イヤイヤ期の娘は、「パパ違う」「パパやだ」といっこうに泣きやみません。

今度はその様子を見たほかの乗客から「誘拐のおそれがある」と警察に通報され、停車した駅で警察官から事情を聞かれる事態に。

身分証を見せたり、妻にその場で電話したりして、ようやく疑いが晴れたということで、こうしたてんまつをネットに投稿したところ、「うちの子もイヤイヤ期まっさかりで大変です」とか、「父親が子育てすることへの偏見だ」などと大きな反響が寄せられました。

医療機関でさえ…

交通機関だけではありません。

ネット上には、さまざまな場所でつらい目に遭ったという体験談が上がっています。

中には、病院で手術を受ける時にイヤイヤ期の子どもが泣き叫び、医師から心ないことばをかけられたという母親も。

「周囲に申し訳ない一方、息子の恐怖心も理解できる。そこへ、医師が一言。『我慢できないんですかね』」

悲鳴の一方、非難の声も

SNS上には、イヤイヤ期の子どもがいると外出すること自体がつらいと嘆く声が多く上がっています。

「私は子連れ電車をなるべく控えてる身ですが、それでも電車に乗らねばならなくなった時…。『最低限の気遣いも出来ないまま普段から乗ってる人たち』のイメージに引っ張られてしまうのは、とてもつらいです」

「妊婦が電車に乗れば故意にぶつかられるし、ベビーカーや泣きで文句言われるし。要は、子連れは外出るなってことでしょ。もう、こんな子育てしにくい日本で子育てサバイバルする自信無くした」

一方で、交通機関や飲食店での子どもの泣き声が許せないという声も。

「まだ赤ちゃんまでなら許せる。幼稚園以上はだめ。電車の中に子供がいたら私は車両を変える」

中には、「社会が子連れの人たちに冷たい」という声に対して、「しつけをしていない親の問題だ」と非難する書き込みもあります。

「すべて親の対応が問題なだけ。満員電車にベビーカーは凶器だね」

『子ども連れ歓迎!』を誤解してほしくない

実際に、親のマナーの悪さを指摘する声もあります。

SNS上では、今、こんな書き込みが話題になっています。
熊本県で子育てに役立つ情報などを母親向けに発信しているフリーペーパー、「ワイヤーママ」の特集記事。
マナーを守ってこその「子ども連れOK」
「子ども連れOK」という飲食店を紹介する一方、『編集室からのお願い』として、こんな「ただし書き」をつけていました。

「子ども連れOKというお店をご紹介していますが、子どもが何をしてもいいというわけではありません。子どもが騒いだり粗相してしまったときは、きちんとあやまり、子どもにも指導しましょう。また、食べ物を持ち込まない、替えたオムツは持ち帰るなど、親として守るべきマナーも大事です。きちんとルールやマナーをわきまえてお食事することで、子ども連れでランチを楽しめる環境がより広がるはずです」

この記事がツイッターの投稿で「子育て雑誌、こんなことまで親に注意しないといけないなんて大変だな…。お店はもっと苦労してるんだろうなぁ」と紹介されると、同意する形で、マナーの悪い親が実際にいるという声が上がりました。

「飲食店の店内でかけっこ、ドリンクバーで飲まないのにジュースを混ぜては捨てる、子供を放置して自分達は遊んでいて、全く注意しない」

「ワイヤーママ熊本」の松田大輔編集長に「ただし書き」をつけた理由を尋ねたところ、取材した飲食店から「子どもが騒いだり粗相をしてしまったりするのは仕方がないけれど、いけないことをしたらきちんと叱ることは忘れないでほしい」といった声が多く寄せられたため、メッセージを添えたということです。

自身も子育て中だという松田編集長は、「ママや子どもたちに心から勧められるお店なのに、一部のマナーの悪いふるまいを警戒するあまり、その情報を届けることができないのはとても残念です。私たちのマナーが向上すれば、お店側も声を大にして『子連れ大歓迎です!』と言いやすい環境になります。お店と子連れの客の双方が気持ちよく過ごせるようになれば、もっともっと子連れで出かけやすい、子育てしやすい街が実現できるのではないでしょうか」と話していました。

ピンチをどう乗り切る?

では、子どもが泣きだして、叱っても言い聞かせてもどうしようもなくなった時、どう乗り切ればよいのでしょうか?

SNS上では、苦労の末に生み出されたさまざまな工夫が紹介されています。
子どもの気を引くシールは必需品
「私はシール持ち歩いててイヤイヤ期の子供には結構有効」

子どもがぐずり始めるとシールを見せてピンチを乗り切るというすべのほか、ブドウの冷凍菓子やキャラクターものの菓子など、子どもの好きな甘いお菓子を切り札に使うという人も。

「上の9歳の子どもがアイスを食べていると、1歳の子(絶賛イヤイヤ期)も食べてみたくてギャン泣きするんで困り果てていたのですが、コンビニで見つけたコレで万事解決しました」

中には、仰天の荒技を生み出したというつわものも。

「娘9歳の母親です。参考になるかわかりませんが、娘がイヤイヤ期の時に本人以上に『イヤイヤイヤイヤ~!』と床を転がりまくってだだこねを見せたらピタッと止まりました。やるのにけっこう勇気がいりましたが…」

個室や子ども専用車両も

新幹線のような、閉ざされた空間ではどうすればいいのでしょうか。

東海道新幹線を運行するJR東海の担当者に話を聞くと、新幹線には体の不自由な人が優先的に使える「多目的室」と呼ばれる個室が設置されていて、空いていれば、子どもの体調が悪くなったり授乳が必要になったりした時に利用できる場合があるので、乗務員に声をかけてほしいということです。

さらに、JR東海では、9年前から、子ども連れで出かける人たちのためのサービスも行っています。
帰省客が多くなるお盆や年末年始などの時期に、子ども連れ専用の「ファミリー車両」を設けているのです。

ことしの夏は、7月から9月の週末などに、1日に数本、各車両に1両ずつ設けているということです。
事前の予約が必要ですが、子どもが動き回ったり大きな荷物があったりすることを想定して、予約した人たちには人数よりも1人分多く席が確保されるということです。
これまでに、延べ8万人が利用していて、リピーターも増えていることから、対象となる本数を年々増やしているということです。

JR東海広報室は「車内で快適に過ごしてもらえるよう乗務員が巡回しているので、ファミリー車両でなくても何かあれば声をかけてください」と話しています。

専門家“明確な規範がない”

そもそも、子ども連れの親と社会との「摩擦」は、なぜ起きているのでしょうか。
教育学が専門で、交通機関と育児との関係についての著書がある福山市立大学の弘田陽介准教授に聞きました。

弘田准教授によると、20年ほど前までは子ども連れの親に対する周囲の視線がより厳しかったこともあり、親のほうがトラブルを避けるために出かけるのを諦めるような傾向がありましたが、最近になって「外出したい」という親の気持ちが少しずつ周囲に受け入れられるようになってきたということです。

ただ、病気の患者や高齢者、妊娠中の女性などが交通機関などの公共の場で配慮されるべきだという認識が確立されているのに比べ、子育て中の親については社会の規範が明確ではないため、人によって受け止め方が異なり、摩擦が起きているとみています。
「かつて子育てをしていた世代からは我慢や忍耐を求められるかもしれないが、それは今の時代に合っていない。すぐに答えを出すのは難しいが、子どもというのは思いどおりになるものではない。社会がより優しいまなざしを育んでいかなくてはならないのではないか」(弘田准教授)

ありがとう、おっちゃん

ネット上には、こんなエピソードも紹介されています。

たまたま、通りかかった“おっちゃん”の優しさに救われたという母親のものです。
「娘が1歳の頃、これぞイヤイヤ期!とばかりに道端に座り込んで泣きわめいた。私が買い物袋と3人分の荷物を持って立ち尽くしてると、おっちゃんが『元気だなぁ!頑張れ~!』と通り過ぎた。ありがとう、おっちゃん。あの日、おっちゃんが笑ってくれたおかげで私は娘に大声を上げずに済んだ事、今も思い出すよ。おっちゃんは何かしてくれたわけじゃない、ただ笑ってくれただけ。でも、それだけで、なんかほっとしたんだよね」

少しずつ、答えに向かって

多くの人たちが行き交う公共のスペースで、幼い子どもの泣き声や騒々しい行動はどこまで許容されるのか。

その状況によって、人によって、考え方はさまざまだと思います。
でも、ほうっておくと「摩擦」はこれからも多くの人をいらだたせ、傷つけていくことになります。

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