人工知能との共存 見通し甘すぎる

 どうして、かくも無警戒なのだろう。人工知能(AI)が人類社会に一大変革をもたらそうとしていることが分かっているにもかかわらずだ。
 ある技術専門誌などは「人工知能という希望」という特集を組んでいる。金融、交通、物流、製造といった広範な分野でAIが、いかに効率を上げ、画期的な働きをするかが詳述されていた。
 ディープラーニング(深層学習)という脳の神経回路の働きを模した機能を持つAIの真打ちの登場で、産業革命以来の激変の渦が世界を攪拌(かくはん)しようとしているのだ。

 ◆失業難民が世界で発生
 当然、価値観も含めて人間の知的営みは、さまざまな影響を受ける。仕事の仕方も変わる。
 そして多くの職種がAIで代替されることになる。その大津波も近い将来に迫り、一部はすでに起きている。
 その結果、面倒な仕事はAIに任せ、人間は富とゆとりを享受できるようになるのなら、ユートピアの出現だ。
 しばしば「AIとの共存」という表現を見かけるが、はたして可能なことなのか。
 あまりにも甘いと思う。理由は自明だ。AI社会の変化は秒速である。同業他社との競争に勝つには、より高性能のAI導入が不可欠だ。

 AIが稼いだ利益は、優先的に次の最新AIの調達に充てられる。「優勝劣敗」こそが、冷徹な機械主導のAI社会を貫く生存競争の法則だ。
 経営陣はおのずと人件費を圧縮し、血眼でAIの強化に走る。そうしなければ会社が潰れる。AIには長時間労働の問題がないので競争は激烈だ。
 現代はグローバル化によって世界がライバルの時代である。海外の同業企業にも後れを取っていられない。
 こうして大量の失業者が生まれる。新たな仕事に就くには異分野での、より高度な知識や技術の習得が必要だ。容易にできることではない。世界中でAI難民が増殖する。
 安全保障レベルでも覇権確立を目指し、国家間のAI開発競争がサイバー戦を含めて激化するはずだ。規模は20世紀の米ソの核競争をしのぐものになるだろう。おそらく、米中間で火花が散る。

 ◆人類を継ぐ新たな存在
 AIを、産業やビジネスレベルでの物差しで理解しようとするから、影響を楽観してしまう。AIは間違いなく人類の運命を左右する技術である。
 それどころか人類を継ぐ新たな存在かもしれないのだ。
 数百万年前に類人猿の系統からヒトの祖先が出現した。ヒトは言葉や文字による「情報」を駆使して他を圧倒し、現在の支配的な地位を手に入れた。

 AIは、ヒトの特徴である情報処理能力が桁外れに発達した存在だ。生身の体は持たないが、それゆえ宇宙空間への進出も可能になる。生命の歴史は海から陸、陸から空へと領域拡張の歩みを続けている。
 この図式を演繹(えんえき)すれば、ホモ・サピエンスの後裔(こうえい)がAIであっても不都合はないわけだ。
 2045年には、指数関数的に発展するAIの能力が全人類の知能を上回るという予測がある。主客転換のシンギュラリティーとして注目されている時間軸上の特異点だ。
 人類の頭脳は、自身が発明したAIによって凌駕(りょうが)されつつある。ジェット機が自然の音速を超えると衝撃波が発生し、ソニックブームの轟音(ごうおん)が地上の窓ガラスを割るが、シンギュラリティーの通過では、人類社会が根底から揺らぐ。

 ◆当面は勝ち残れても
 にもかかわらず、日本を含めて世界の主な国々は、AI開発への巨費投入を拡大中だ。
 当面は、魅力あふれる便益に直結し、研究者にとっては、これほど科学的に面白いテーマはない。潤沢な研究費も入る。
 30年後にはAIに追われた大量の失業者の発生が見込まれているのに、皆が勝ち組に入るつもりでいるようだ。

 しかし、今日の勝ち組の半分は、明日の負け組になるのがAI時代の不文律である。
 人類社会で起きている競争と淘汰(とうた)をAI陣営から眺めれば、齧歯(げっし)類のレミングが列をなして海に落ちるという伝説の自滅行進と二重写しになるだろう。
 自然の一部である人間が機械の下部に組織化されようとしているのだが、その危機への警鐘は、ほとんど聞こえない。

 すでにAIの魔術にかけられているらしい。(論説委員長辻象平 ながつじ しょうへい)

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