トラックが足りない 日本の物流は大丈夫か

 クリスマス連休の前あたりから、頼んだ商品が指定の時間帯にとどかなくなったという読者は多いのではないでしょうか。インターネット通販の拡大などで、宅配便が扱う荷物は年間37億個に達します。その一方で、日本の物流現場では従業員の高齢化や人手不足が深刻になっているのです。今年最初の解説は、日本経済を支える物流の危機を取り上げます。

■超過労働に支えられていた物流
 国土交通省の統計によれば、2014年度に日本国内で輸送された貨物の距離と重さをかけた量は4150億トンキロメートルになります。そのうち半分の2100億トンキロがトラック輸送で、海運の1830億トンキロを合わせると全体の95%を占めます。その2つの業界で従業員の高齢化が進み、人手不足が深刻になっているのです。
 影響を受けるのは宅配便などで商品をとどけてもらう消費者だけではありません。農林水産省経済産業省国土交通省は昨年12月21日、第1回の「農産品物流対策関係省庁連絡会議」を開きました。物流コストを削減し農家の所得拡大につなげることが主眼ですが、九州などの産地でトラックを確保できない事態が相次ぎ、早急な対応を迫られていることも理由です。JA熊本経済連によると、熊本県内の農家は東京や大阪など大都市市場への出荷を前提に野菜などを作っており、出荷量が増える年末などにとりわけトラックの確保が難しくなるといいます。
 運輸業や建設業は労使協定によって一般職種の労働基準よりも大幅に拘束時間を延ばすことができます。もともと過重な労働が広がりやすい環境にあるのです。とりわけ長距離を走るトラックの勤務はきつくなる傾向があり、それが慢性的な運転手不足をもたらす背景にもなっています。


 運転手の過酷な勤務は深刻な交通事故にもつながります。そのため厚生労働省は「運転時間は2日平均で1日9時間以内」「連続運転は4時間以内」「休息は連続で8時間以上」など、労使協定で拘束時間を延長した場合でもこれだけは守ってほしいという基準を定めています。
 こうした基準は以前からあったのですが、守っていない企業が多かったのです。しかし、政府の働き方改革などを受け、労働基準監督署は過重な労働を放置する企業の摘発を強化しています。その結果、九州と東京を結ぶ長距離トラックなどがこれまでの日程で走れなくなってきたのです。中でも産地を回って野菜などを集荷する農産物の輸送は時間がかかり、基準に抵触しやすいといいます。
 企業が労働基準を守るのは当たり前のことです。労働基準の適用が厳格になったことで運転手の不足が一段と深刻になったとすれば、これまでの物流がそれだけ過度な勤務に支えられていたことになります。

■現場にしわ寄せ
 消費者はインターネット上に開設した店舗で商品を買う機会が増え、それを即日届けてくれるサービスも広がってきました。ただ、こうした利便性も安定した物流があって成り立つのです。
 宅配便をめぐっては昨年、大手の佐川急便の複数の社員が駐車違反の身代わり出頭を知人らに依頼して逮捕される事件も起きました。運転手が配送業務を続けられなくなる事態を避ける目的で、半ば組織的に身代わり出頭が横行していたとみられています。
 どんな理由があっても違法な行為は許されません。昨年末には佐川急便の従業員が配送中の荷物を投げつける光景がインターネット動画として投稿され、ニュースでも取り上げられました。企業が従業員のモラルを維持することも重要です。

 同時に、こうした問題が続出し、昨年から遅配が増えてきたことは物流の安定が揺らいできた前兆と考えるべきです。宅配便の数は右肩上がりで増え続け、単身や共働き世帯の増加で再配達の頻度も増しています。即日配達などの競争が物流の処理能力を超え、現場に過度な負担をかけていないか、よく点検する必要があるでしょう。


外航船の運航は外国人の船員が支える(日本郵船が運営する商船大学の新入生=フィリピン・ラグナ州)
 日本と外国を結ぶ貨物船や大型タンカーなどの乗組員はすでに大部分を外国人に頼っています。日本人が残っているのは超大型原油タンカーや液化天然ガス(LNG)を輸送する特殊船の船長くらいです。それ以外は船長を含め、フィリピンやインドの人たちで運航されています。最近ではミャンマー人の船員も増えているといいます。
 長期間の乗船を強いられる外航船の勤務は日本の若者から敬遠され、商船大学への志願者も減少。神戸商船大学神戸大学と統合し、東京商船大学東京水産大学と合併して東京海洋大学となり、「商船大学」の名称は国内から消えました。日本郵船商船三井などの海運大手は、国策として船員の養成に力を入れるフィリピンの学校などと連携し、船員を安定確保できる体制づくりを進めています。
■外国人に頼れない内航船
 一方、国内沿岸を航行する内航船は外航船のように乗組員を外国人に置き換えることはできません。船員は日本に居住する必要があるからです。外航船ほど長くなくても内航船の乗船期間は2~3カ月になります。その結果、若者の確保は難しくなり、船員は高齢化が止まりません。日本内航海運組合総連合会の調べで、2015年10月時点で60歳以上の船員は全体の26%を占め、9年前の比率から2倍に上昇しました。55歳以上だと全体の4割強に及び、80代の船員も現役で働いているそうです。

 小さな船ほど船員の居住環境は悪く、女性の就業も遅れています。2万人強いる船員のうち「女性は150人ほどにすぎない」(日本内航海運組合総連合会)といいます。
 乗船期間を短くしたり、船内の居住環境を改善したりして若者や女性の船員を呼び込む対策が必要です。製造業の海外移転で輸送量は減少傾向にあるとはいえ、内航海運は鋼材や石油製品、自動車などの運搬には欠かせない存在です。船員の年齢分布をみれば分かるように、あと10年もすれば大量の退職者が出て、運航が立ちゆかなくなるおそれがあります。残された時間は少ないのです。
 内航船の船員、トラックの運転手とも人手不足から賃金は上昇傾向にあります。それでもトラックの運転手は「一般産業に比べ勤務時間が2割長く、賃金は2割安い」(全日本トラック協会)といいます。輸送を依頼する荷主からすれば、ある程度のコスト上昇は覚悟しなければならないと思います。少なくとも「高速道路の料金も負担してもらえない」(同)という運賃の現状は修正が必要でしょう。農産物の物流対策でいえば、合理化を進めないとコストは削減どころか増大し、輸送手段の確保もままならなくなります。
 運輸業で人手が不足する影響は建設、外食分野以上に深刻になる可能性があります。トラック、海運といった業界の枠を超え、鉄道やフェリーなど他の輸送手段とうまく組み合わせることで荷物を効率的に輸送し、現場の労働条件も良くする工夫を運輸業界全体で考えることが重要です。

■再編や連携必要な国内市場
 少子高齢化が進む日本の現状を考えれば、将来は運輸の現場も外国人に頼らざるを得ない可能性はあります。ただ、その前に国内でできる努力は多いはずです。トラック輸送も内航海運も中小企業が多いのが特徴です。経営が零細なままでは新たな船を建造したり、従業員の福利厚生を充実したりする対応も期待できません。企業の再編や連携を進め、集荷、配送効率を高めるためのIT(情報技術)投資を推進しやすくすることも課題です。
 将来は自動運転やドローンを利用した宅配も可能になるでしょうし、それに向けた技術開発投資も重要です。しかし、日本の物流の危機は目前にあるのです。官民挙げての対策が急務です。