エストニアの「電子居住権」、小国の生命線 国外の外国人取り込み、投資誘致

 東欧で欧州連合(EU)加盟国でもあるエストニアが始めた「電子居住権」制度の利用が広がっている。国外に住む外国人にインターネット上で自国民に準じた行政サービスを提供するもので、導入後約2年で取得者は1万5千人を超えた。外国からの投資誘致を主目的とする前例のない制度の背景には、厳しい国際情勢の中で生き残りを探る小国の危機感がある。


 エストニアは先進的な電子政府サービスで知られ、2002年にはICチップ入りの国民IDカードを導入。大半の行政手続きがネット経由でできるようになった。07年には国政選挙での電子投票も導入した。
■非居住の外国人にICチップ入りカード
 14年12月に立ち上げた電子居住権制度は国民IDカードと同様の公的個人認証機能を備えた専用のICチップ入りカードを非居住の外国人に発行。取得者は納税、株主総会や取締役会で扱う書類への署名などをネット経由でできる。専門の業者から年間2万円程度で住所をレンタルすれば会社の設立も可能だ。
 ネット上での行政手続きは迅速。会社登記なら最短20分程度で済む。利用者は現地に行かずしてEU域内に会社を設立、運営できるメリットがある。近く銀行口座の開設もオンラインでできるようにする方針だ。
 発足当初からIT(情報技術)分野やコンサルタント会社などの起業家から注目され、取得者は着実に増加中だ。ロシアや米国、ウクライナなどEU域外の取得者が多く、英国ではEU離脱が決まった後に申請者が10倍に増えたという。
 電子居住権の希望者はエストニア政府のホームページからオンラインで100ユーロ(約1万2千円)を支払い申請。担当官庁からマネーロンダリング資金洗浄)に関与していないかなどの審査を受ける。許可されれば、各国の大使館でICカードと専用の読み取り機を受け取る段取りだ。申し込みから1カ月程度で発給される例が多い。
 電子居住の普及は当初目的の一つである経済活性化の効果を上げつつある。昨年末時点で電子居住者が同国に新設した会社は1200社。電子居住者に所有されている会社は約2400社と、既に全体の5%程度を占めるまでに増加した。
 エストニアには電子居住の経済効果に着目した各国からの視察が相次ぐ。欧州やアジアの4カ国は制度導入の検討に入った。政府で担当部長を務めるカスパー・コージュス氏は「近い将来、電子居住を導入した国が急増し、競争が激しくなるだろう」と語る。

■政府は安全保障への寄与を最重視
 だが、実はエストニア政府が最重視するのが安全保障への寄与だ。日本の9分の1の国土と人口わずか約130万人のエストニアは歴史上、大国の思惑に翻弄され続け、第2次大戦中にはソ連に併合された。1991年に独立したが、14年3月のロシアによるウクライナ南部・クリミア半島編入後はロシアの侵略に対する危機感を強めてきた。

 エストニア北大西洋条約機構NATO)に加盟するが、ロシアから侵攻された場合に同国との関係改善を掲げる米国のトランプ政権が相互防衛の約束を十分に果たすか不安もある。国土防衛のための民兵組織に志願する市民も増えているという。こうした中、電子居住制度により「国外の多くの企業家や要人を取り込めれば国際世論への影響は大きく、国の安全に大きく寄与する」(政府関係者)との計算も働いた。エストニア政府は25年までに利用者を人口の約8倍の1千万人に増やす構想を描く。15年には安倍晋三首相にも電子居住権を贈った。
 同国は政府のデータと行政サービスのシステムを世界中の大使館敷地内のサーバーに分散させる「データ大使館」構想も進めている。サイバー攻撃への対処に加え、敵国に侵略された場合に領土回復まで国家の存続を保つ狙いもある。エストニア軍の幹部も「エストニアの独立を保てるかはネット上の取り組みの成否にかかっている」と語る。
(タリンで、田中孝幸)

 電子政府 インターネットを通じて行政手続きができるサービス。税金申告、会社設立登記などを役所に出向かずにできる。日本政府は2001年に本格着手したが、各府省が縦割りで作った申請システムの多くは使い勝手が悪く、利用率は低迷している。
 海外では成功した他国のシステムを自国に取り入れる例も見られる。欧州メディアによると地中海の小国キプロスは昨秋、エストニア型の電子政府の導入を決めた。