町民は巨大防潮堤を望まず 選択したのは「逃げ切る」

日本で一番早く津波がくる和歌山・串本、町民は巨大防潮堤を望まず 選択したのは「逃げ切る」

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串本町の市街地。海に挟まれた地形であることがよく分かる。奥は潮岬(串本ロイヤルホテルから)

 日本で最も津波が早く到達するとされる和歌山県串本町にとって、「3・11」はひとごとではない。海岸近くまで山がせり出し、市街地は液状化が心配される埋め立て地が大半だ。東北地方の海岸は今、大規模な工事で日ごとに姿を変えている。そんななか、串本が選択した“生き残る術”は何だったのか。海を生業として生きてきた住民たち。その命を預かる田嶋勝正町長(58)に聞いた。(菊池昭光)

 --これまでに、どのような防災対策を講じてきたか
 串本町は昭和21年の南海地震で被害を受けている。次の巨大地震でも被害が出ると、以前から言われていた。平成17年の古座町との町村合併前に、防災・減災の権威、京都大学の河田恵昭先生に講演をしていただいた。河田先生は「串本は病院、役場といった公共施設が全部海の近くにある。これは大変なことだ。お金がかかるから全部を高台に上げることは難しいが、将来はそうしないといけない」と警告された。

 合併協議会会長として、「新しい町作りでは災害防災に強い町を作っていく」ことを基本にした。原資はなかったが、合併特例債で60億円使えるので、病院を統合し、消防とともに高台にあげることにした。

 東日本大震災以前から、串本は津波を意識してきたと思う。この10年で避難路整備だけで193本やってきた。公共施設が高台に上がるために山を切って災害対策用地を作った。県土木事務所、串本海上保安署、警察の指揮所(官舎)、消防、社会福祉協議会すべて上がってもらった。

 --東北と串本の沿岸部を比較すると、巨大津波が予想される串本には巨大な防潮堤もかさ上げもない
 岩手県宮古市とは四端会議(本州の4つの端の自治体が集まる会議)で交流があるが、向こうは14メートルの防潮堤をつくったという。串本は今年度から補正予算でかさ上げ工事が始まった。海抜5メートルまで積み上げる。

 10メートルクラスの防潮堤を作れば大きな効果はあるだろうが、町民はそれを望んでいない。今回は1・3メートルのかさ上げをする。東海・東南海・南海の3連動地震が起きたら、16分で津波の第一波(高さ3・9メートル)が到達する。1・3メートルかさ上げをすることによって海抜5メートルとなり、津波の浸水を32分間止めることができる。
 32分間止めれば、避難困難区域の住民が逃げることができる。

 --大津波にハードで対抗するのではなく、ソフトで備えるということか
 「逃げ切る」ということだ。岩手県のように全部堤防で張り巡らせてというのは、お金の問題もあり、現実としては難しい。串本は観光を含め海を生業としてきた町で、生活と切り離すことはできない。

 やはり将来は町民に高台に移転していただくというのが基本的な考えだ。串本の市街地は埋め立てで、元々は砂州だった。ここだけで3千~4千人が住んでいる。南海トラフ巨大地震でも3連動地震でも、発生したら必ず液状化現象が起き、町としては存在しにくいだろうといわれている。

 この役場でも数メートル掘ると潮が動いている。浄化槽でも満ち潮の時に埋めないと満潮時には浮いてくる。山の砂ではなく、塩分の多い海砂で埋め立てているので、弱いところもある。
 将来、串本が串本として残っていくためには時間はかかるけれども高台に町を移転するしかない。

 --今の人口は約1万6500人。少子化もあるだろうが、移動できるスペースはあるのか
 今のところはない。何年後かに高速道路が延伸してきて町内にインターチェンジができる。その建設のための作業道路が、国の事業で山間にできることになっている。作業道路建設で出た残土を利用して山間の谷間を埋め、土地を開発する。そこに、まず役場と認定こども園、小学校をつくる。それができた後に山の方を切っていって居住用の土地を確保する予定だ。

 役場や病院といった公共的なものは、人を引っ張ってくる。庁舎などの建設を平成31年ごろまでに着手したい。合併特例債の期限は32年までになっている。緊急防災・減災事業債も32年まで。それまでにこれらの3つを仕上げようと思う。作業道路も町が国からもらい受けて歩道を整備し、町道として再利用する。

 高速道路のインターチェンジができるのは、一般的にいうと、事業化が決まって10年以内。すでに2年半が経過しているので、7年半以内ということになる。

 串本は町の両側に海が迫っており、津波が来れば町がずたずたにされる。孤島になる危険性もある。仮に3連動地震が起きれば、町として存在しないといわれている。

 さまざまな津波対策を進めていくと、町はガラリと変わっていく。高台で土地がどんどん開けていき、海沿いの平地はあくまでも仕事のための土地になる。
 高速道路計画があってこそ、町が変えられる。