海底に沈んだジャマイカの港町「ポート・ロイヤル」

海賊たちは意外と「普通の生活」を送っていた? 海底に沈んだジャマイカの港町「ポート・ロイヤル」

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ポート・ロイヤル海底都市での発掘調査の様子。レンガ造りの廃墟の街並みが果てしなく続く

 この連載の初回でも少し触れたが、1989年の夏、私は今から約325年前にジャマイカの海底に沈んだ都市「ポート・ロイヤル」の発掘調査に参加した。現在のポート・ロイヤルはさびれた一漁村にすぎないが、かつては海賊たちが拠点にしていた港町で、お宝を満載した船が誇らしげに凱旋(がいせん)してきたという。「海底には、何が眠っているのだろう」。想像するだけで胸が高鳴ったものだ。

 †ひょっとして「アトランティス」?

 本格的な調査が始まる前にためしに潜ってみた。水は思ったより濁っていたが、水深は3~4メートルと浅い。不測の事態が起きてもすぐに浮上できる深さだ。

 生まれて初めて見る「海底に沈んだ町」。厚い泥の層で覆われ、表面からはその全貌を見ることはできないが、「謎の大陸・アトランティスはひょっとしたらここなのでは」と、とりとめのない想像をしてしまう。見えないだけに逆にロマンをかき立てられた。

 ここでは、タンクを背負って潜る「スキューバ潜水」に代わり、母船のホースから直接空気を送る「フーカー潜水」を採用。台船上にあるコンプレッサーから同時に6人の潜水者に送気できるため、何時間でも潜水調査に没頭できる。

 ある日の潜水中、背後で突然鈍い破裂音がした。何事かと身構えると、“命綱”である空気ホースが破れ、猛烈な勢いで気泡が吹き出している。仲間の合図で私は慌てて水面に戻った。水深が浅いので命の危険までは感じなかったが、これが深海だったらと思うと、ぞっとした。

 †土砂の下からレンガのゴーストタウン 長屋には3つの店がテナントとして入居

 主要な発掘用具は「水中ドレッジ」だ。口径約13センチの吸引機で吸い込んだ土砂などは、長い管を伝わって排出される。30センチほど掘ると、ブドウ酒のびんや土器の破片、金属製品などが堆積している層にぶつかり、やがてレンガ造りの床が現れた。周りからは漆喰(しっくい)で固められた壁らしきものも現れた。

 レンガの床は水平ではなく、傾いていたり、周囲より一段下がったりしているところもある。巨大地震のエネルギーで全体がゆがんでしまったのだ。レンガの廃虚の街が果てしなく続く海底は、まさに「ゴースト・タウン」。私たちはエキサイトし無我夢中で掘り進んだ。

 調査を通じて、しだいに町の様子が明らかになってきた。一部を再現するとこうなる。
 横に長い2階建ての家の中には「靴屋」「居酒屋」「たばこ屋」が同居していた。今でいうテナントだ。そこには、たばこパイプの絵入りの看板、無数の皮革製品、酒だるやブドウ酒のびんなどが残されていた。

 その長屋は波止場のすぐ裏手の商店街中心部にあったとみられる。通りは一日中にぎわっていたであろう。さらにその裏にあたる場所には、ウミガメの甲羅を加工する「べっこう職人」の工房が埋もれていた。製材所、魚屋、肉屋などもあった。

 どこにでもありそうな港町。外海で大暴れしている「カリブの海賊」たちも、地元に帰ってきたら普通の暮らしをしていたのだと思うと感慨深かった。

†巨大地震津波で町の3分の2が海底に

 1692年、ジャマイカ島を襲った巨大地震津波で、約20万平方メートルのポート・ロイヤルの約3分の2が一瞬にして海中にのみ込まれた。当時、カリブ海に君臨した大海賊ヘンリー・モーガンの本拠地で、西インド諸島貿易の拠点でもあった。

 その後、海賊たちはこの地を離れ、植民地開拓者もほとんどいなくなり、現存する町に往時の面影はない。海底に眠る都市を初めて発見したのは、海底の宝探しを行っていた米国人、ハリー・リズバーグだった。

 1981年から90年にかけ、米テキサスA&M大学が水中考古学研究所(INA)とジャマイカ政府の後援のもと、発掘調査を行った。浅くて比較的安全ということもあり、水中考古学者を目指す学生らが野外実習に訪れた。以降、発掘法や海底地図作製法、水中写真撮影法などの実務を学べる実践訓練センターとしての役割を担ってきた。

 これまでの発掘で、シロメ製(錫(すず)、鉛、真鍮(しんちゅう)、銅の合金)の食器類、銀製のスプーンやフォーク、真鍮のろうそく立て、ガラス容器、陶磁器…とさまざまなものが発見された。私が参加したときには、少年の骨や沈没船の一部などが回収された。

 「失われた文明」の再発見の旅へと漕ぎ出したばかりだった私にとって、レゲエ音楽を毎日聴きながらこの地で送った合宿生活は忘れられない思い出である。研究に没頭していると、いまでも、けだるいレゲエ音楽が聞こえてくるようだ。
                    (水中考古学者 井上たかひこ)