火星に都市を建設、テラフォーミングは可能?

 火星に都市を建設、テラフォーミングは可能?

NASAが開催したコンペで優勝した「マーズ・アイス・ハウス」と呼ばれる住居デザイン。壁は火星の氷でできている。(Team Space Exploration Architecture/Clouds Architecture/NASA

 2016年9月、米スペースX社のイーロン・マスク氏は、メキシコのグアダラハラで開かれた国際宇宙会議で壮大な火星移住構想を発表した。巨大な宇宙船を利用した「惑星間輸送システム」によって人類を火星に送り込み、最初の宇宙船が飛び立ってから40~100年後には、100万人が火星で暮らすことになるという。2017年2月には、アラブ首長国連邦UAE)も「マーズ2117」プロジェクトを発表。今から100年後の2117年までに、火星に居住地を建設する計画を明らかにした。

 それでは、未来の火星の住居はどのような外観になるのだろうか。火星で手に入る資源と最先端の3Dプリンティング技術に豊かな想像力を足し合わせれば、火星の住まいの姿が見えてくる。

 2015年にNASAと全米積層造形技術革新機構(現アメリカン・メイクス)は、火星をはじめとした宇宙の目的地に、3Dプリンティング技術を使って建てる住居のデザインコンペを開催した。このコンペには160件を超える応募があり、エスキモーが暮らすイグルーのような形をしたハチの巣構造で、家全体がすべて氷でできている「マーズ・アイス・ハウス」が最優秀賞に輝いた。ニューヨークを拠点に活動するSEArch(スペース・エクスプロレーション・アーキテクチャー)とClouds AO(クラウズ・アーキテクチャー・オフィス)の建築家と宇宙研究者によるチームがデザインしたものだ。


 このアイス・ハウスは、地中から掘り出した氷を使って半自律制御のプリンターロボットが建物の内壁と外壁を積み上げていく。火星で手に入る材料を使って3Dプリンティング技術により建設するため、地球から重い建設機械も補給品も資材も骨組みも持っていかずに建てられる。


「私たちの未来は溶岩の中にあります」と主張するのは、コンペで第3位となったデザインチーム。欧州宇宙機関ESA)とオーストリアのリクイファー・システム・グループの技術者たちが設計した「ラバハイブ」は、独自の「ラバキャスト」工法で宇宙船の材料をリサイクルして作るモジュラー式積層造形住居だ。
 ラバハイブ・ハウスは、地球から持ち込んだ膨張式ドーム1基からスタートする。ドームの屋根はミッションで使用する火星突入機の主要部品を再利用する。次に、クルーがレゴリスの採掘にかかる。火星のレゴリスは地表に積もったさらさらの砂や岩などの堆積物だが、このレゴリスを建築資材として利用するのだ。レゴリスは溶かして型に流し入れたり、焼結、つまり熱を加えながら圧力をかけて固い構造部材を作る。こうして出来た部材を使ってドーム状の建物を次々と建設し、すべてのドームをつなげる。

同じコンペで第3位に輝いた作品。火星の土を加工した素材と宇宙船の部品と組み合わせたモジュラー構造を提案している。(LavaHive Consortium)


 さらに遠い未来を思い描いて、何世代にもわたり大勢の人々が持続的に火星で生活できる環境作りを追求したデザイナーたちもいる。ロサンゼルスで活動する建築家で映画製作も手がけるベラ・ムルヤニ氏が自ら発案した火星都市デザインコンペのテーマはまさにそれだ。ムルヤニ氏は火星を単なる探査対象ではなく、人類の第二の故郷となるべき場所として大きな期待を寄せている。「火星都市を実現させるには、頭脳と革新力を持った次世代に呼びかけることが必要です」とムルヤニ氏は言う。「さらに火星を利用して、地球を再生させることも可能になるかもしれません」

 しかし、火星に都市を建設するうえでの課題は多いのは確かだ。ざっと挙げただけでも、厳しい気候と大気環境、宇宙放射線と紫外線、地球に比べて弱い重力、地球にあまり依存しなくても済むように現地で持続的に材料を調達しなければならない点など、対応を迫られる課題は山積している。ムルヤニ氏らは、インフラや植物栽培、医療、サービスにいたるまで、いくつものカテゴリーを設定して革新的なデザインを募っている。

火星の厳しい気候や強い放射線から人間の居住地を守るために、火星の地面を防護壁のように利用しようという案もある。(Alexander Koshelkov)

■火星を丸ごと改造する「テラフォーミング
 人々が生活するための限定的な居住地をつくるのではなく、火星自体を地球に近い環境を持った惑星に変身させることはできないだろうか。このような考え方は「テラフォーミング」と呼ばれる。

 火星の温度を上昇させるための非常に大胆な構想は以前からあった。例えば、水が含まれる彗星を火星に衝突させる、巨大な鏡を火星軌道に配置して太陽光を反射させることで地表の温度を上昇させる、火星の衛星から黒い土を運んできて極冠にばらまく、といったものだ。さらに、遺伝子操作で黒っぽい色にした苔や藻、微生物を広い範囲で繁殖させ、生物学的な方法で太陽光の吸収を高めて火星の大気を温暖化させようというアイデアもあった。

 火星で人間が暮らせるようになるには、欠かせないものが3つある。水と酸素と生存に適した気候だ。NASAの宇宙科学者クリストファー・マッケイ氏は、必要な作業を整理し、テラフォーミングのスケジュールをまとめている。火星温暖化の第一段階は、数百年の時間を要する可能性が高い。

惑星の環境を丸ごと変える「テラフォーミング」によって緑化が進む火星の想像図(Data: MOLA Science Team; Art: Kees Veenenbos)

「火星を生存に適した場所に変えるための最大の課題は、惑星全体を温めることと、濃い大気を作り出すことです。大気が濃くなり、気温が上がれば、液体の水が存在できる状態になります。もしかすると、生命が誕生するかもしれません」とマッケイ氏は言う。惑星全体を温めるというとSF小説のように思えるかもしれないが、「地球の大気中の二酸化炭素を増やし、加えて非常に温室効果が高いガスを排出することで、人間は地球で100年にわたって数℃という規模の温暖化を引き起こしています。同じ方法が火星を温めるために使えるかもしれません」とマッケイ氏は指摘する。

チリのアタカマ砂漠。この乾ききった土地でも多くの人々が生活していることを考えると、火星でもテラフォーミングの見込みがありそうに思えてくる。(DEA/C. Dani/I. Jeske/Getty Images)

 気温が上昇するにつれて光合成生物が生息できるようになり、生物量も増え始める。やがて生物が火星の土壌に含まれる硝酸塩や過塩素酸塩を消費し、窒素と酸素を生成するようになる。このような100年計画のテラフォーミングがうまくいけば、気温と大気圧の上昇により火星の赤道付近から中緯度地域では液体の水が出現する。頻繁な降雪と時折の降雨によって川が流れ始め、赤道付近には湖もできる。ついには、地球の南極にある無雪地帯に近い水の循環が火星でも生じる。熱帯樹を植えたり、昆虫や小さな動物を育てたりすることもできるようになる。ただし、大気中の酸素は足りず、二酸化炭素濃度が高いため、ガスマスクはまだ手放せない。

 次の段階では、人間が普通に呼吸できるようにすることを目指すが、酸素生成には温暖化よりもっと長い時間がかかるとマッケイ氏は予測する。目標とする大気中濃度は、海水面での大気圧で酸素濃度が13パーセント以上、二酸化炭素濃度が1パーセント未満だ。地球では、全生物圏が太陽光を利用してバイオマスと酸素を生成した場合の効率は0.01パーセントになる。火星全体に植物が広がって同じ効率で生成が行われたとすると、酸素を豊富に含んだ大気を作り出すためには、およそ10万年かかるとマッケイ氏は言う。「将来、合成生物学をはじめとするバイオテクノロジーで効率をもっと高められるかもしれません」。それでも、実現がかなり先であることには変わりはない。