青の時間はこうして決まる 信号機のアルゴリズム 身近なアルゴリズム(下)

青の時間はこうして決まる 信号機のアルゴリズム
身近なアルゴリズム(下)

日経クロステック
 「朝はいつも赤になっている信号が、夜はなぜか青が多い」と感じたことはないだろうか。実は、信号機が青に変わるまでの時間は、いつも同じではない。交差点の交通量から最適な青時間を割り出している。この計算には、高度なアルゴリズムで実装されたプログラムが動いている。
 具体的なアルゴリズムを見ていく前に、信号機の青時間がどのように決められているのかを解説する。信号の青時間を決めるには「重要な要素が3つある」(住友電気工業自動車事業本部システム事業部新事業企画部の小林雅文製品規格グループ長)という。それが「サイクル長」「スプリット」「オフセット」の3つだ。
信号機の青時間を決める3つの要素
信号機の青時間を決める3つの要素
 サイクル長は、信号が青になってから黄、赤と変わり、再び青になるまでの時間(秒単位)を表す。サイクル長は交通量や交差点の大きさなどを考慮して最適な長さを決めるが、交通量の多い交差点ではサイクル長を長くすると、渋滞が発生しにくいことが知られている。

 サイクル長は「Webster」の近似式を使って算出するのが一般的だ。この式は「C=(1.5L+5) / (1-λ)」で表現される。Lは黄と赤の時間(クリアランス時間と呼ぶ)を表す。λは需要率と呼ばれ、現在の交通量が青時間内に通過できる最大交通量の何%に当たるかを算出したものだ。交差点がどれだけ混んでいるのかという割合に相当する。

 交差点が混んでいるときは分母が小さくなるため、サイクル長は長くなる。一方、交差点が空いている時は分母が大きくなるため、サイクル長は短くなっていく。
 スプリットは、1サイクルのうち、主道路にどれだけの青時間を割り当てるかという比率だ。サイクル長に対する百分率で表す。例えば、1サイクルが200秒の交差点で主道路側のスプリットが60%だとすると、主道路の青の時間は120秒、従道路の青の時間は80秒というようにそれぞれの青の時間を割り振る。
 夜中に大通りをドライブすると、赤信号で停車する回数が少ない。これは、スプリットによって大通りのような主道路に青信号の時間が長くなるように割り当てられているためだ。
 オフセットは、青になるタイミングをどれだけ隣接する交差点とずらすのかを表したものだ。百分率または秒で表す。例えば、1サイクルが200秒の交差点が並んでいると仮定しよう。もし、オフセットが10%ならば、交差点間の青の開始時間が20秒ずれるというわけだ。オフセットを調整すれば、ある方向に向かう信号を次々と青にするといった設定も可能だ。しかし、快適に走れるのは一方向だけであり、逆方向は制約を受けて走りにくくなる。
■信号は3種類に大別できる
 3つの要素で青信号の時間は決まると説明したが、全ての交差点の交通量を測定し、計算しているわけではない。サイクル長とスプリットを計算しているのは「基本的に交通管制センターと接続された重要交差点の信号機だけ」(小林雅文グループ長)という。
 実は、信号機は3種類に大別できる。1つは、上に挙げた交通管制センターと接続された「重要交差点」の信号機だ。各都道府県の交通事情によって異なるが、一般に歩行者が多い交差点や事故の多い交差点、渋滞が多発する交差点などが選ばれる。重要交差点には、交通量を測定する車両感知器が設置されている。感知器の種類は、超音波式や画像式、遠赤外線式、光ビーコン式など様々だ。

 残りの2つは、重要交差点と連動して動く「一般交差点」の信号機と、単独で動く「非集中交差点」の信号機だ。一般交差点の信号機は交通管制センターと接続されているが、非集中交差点の信号機は接続されていない。国内には現在、約21万台の信号機が設置されており、このうちのおよそ7万台が重要交差点の信号機または一般交差点の信号機に当たる。
 信号機の種類が3つに分かれているのには理由がある。全ての交差点を個別に最適化してしまうと、ある交差点は車がいないのに3つ先の交差点では大渋滞という状況に陥ってしまう。そこで、個別の交差点で最適化するのではなく、重要交差点の信号機を中心に「群」を設定し、群ごとにサイクル長やオフセット、スプリットを決めていく。
重要交差点を中心に群を生成する
重要交差点を中心に群を生成する
 渋滞がない場合は、重要交差点を中心に3~5つの交差点をひと固まりにする。渋滞がある場合は、渋滞の長さに応じて群を広げていく。群を大きくして同じサイクル長の信号機を増やすことで、早く渋滞を解消できるからだ。
 具体的なアルゴリズムが下図だ。まず、信号機や車両感知器から取得した情報を交通管制センターで計算し、交差点群のサイクル長やオフセットおよび重要交差点のスプリットを決定する。そして、再び各信号機に伝達することで、現在の交通量に応じた青時間を実現している。これを1~2.5分間隔で繰り返し、刻一刻と変化する交通状況に対応しているわけだ。
信号機を制御するアルゴリズム
信号機を制御するアルゴリズム
 ちなみに非集中交差点の信号機には、時刻とカレンダーがプログラムされている。これらを使って、朝と夜でサイクル長を変更したり、土日や祝日ではオフセットを変えたりしている。ただし、非集中交差点の信号機には、車両感知器が設置されていない。つまり、交通量からサイクル長やオフセット、スプリットを決定することはできない。
■賢くなる信号機のアルゴリズム
 ここまで信号機の青時間を決定するアルゴリズムを説明した。次に、今後普及が進みそうな近未来のアルゴリズムを紹介しよう。

 信号機のアルゴリズムは、日本が1995年に導入しれた「MODERATO(Management by Origin-DEstination Related Adaptation for Traffic Optimization)」というシステムをベースにしている。MODERATOは、車両感知器で得られた過去数分間の計測データを基に、各交差点群で最適なサイクル長やスプリットなどを割り出している。

 ところが、この方法は「急激な交通量の増減に追従するのが難しい」(小林グループ長)という問題がある。さらに、車両感知器が設置された重要交差点の交通量は計測できるが、その他の交差点の交通量は簡単に把握できない。

 このような問題に対応するため、現在では様々なアプローチが考えられている。ここでは、代表的なプロファイル信号制御と、高度化光ビーコンを利用した最適化の2つを説明する。
 プロファイル信号制御は、車両感知器が数秒後または数分後に、どれだけのクルマがやって来るかの情報を信号機に伝え、信号機が自律して交通量に応じたサイクル長やスプリットに変更する方式だ。交通管制センターを介するよりも、交通量の増減に迅速に対応できるメリットがある。
プロファイル信号制御の仕組み
プロファイル信号制御の仕組み
 ただしプロファイル信号制御は、1台の信号機が自律して動くので、群単位で時間差を調整していたオフセットがずれてしまう。隣り合う信号機で青に変わるタイミングがずれると、渋滞の原因にもなり得る。そこでプロファイル信号制御では、交通管制センターと信号機が協調する「ハイブリッド方式」と、中央制御を必要としない「端末自律方式」の2つを採用している。
 ハイブリッド方式は、交通管制センターが各交差点群に制約条件(オフセットは10%未満など)を設定し、制約条件を満たすように信号機自身が調節する。一方の端末自律方式は、隣接交差点とのオフセットに制約条件を持たせて、その条件を満たすように信号機が調節するというものだ。
 プロファイル信号制御はいくつかの地点で実証実験が終わっており、2011年度から本格的な導入が進んでいる。実証実験では、目的地に着くまで約10~15%ほど時間短縮できることが認められた。
 しかし、「一気に普及するには至っていない」(小林グループ長)という。プロファイル信号制御を実現するには、新たなメタルケーブルなどを敷設しなければならない。これには当然コストがかかる。インフラ整備の予算は限られているので、なかなか新システムへの投資が難しいのが現状だ。
■車載搭載機のデータを集める
 続いて、高度化光ビーコンを利用した最適化を説明する。「信号情報活用運転支援システム」という言葉を聞いたことがある人もいるだろう。このシステムは、交差点に設置された高度化光ビーコンとクルマに搭載された専用機器が通信し、次の交差点で赤信号に引っかからない速度をドライバーに教えてくれたり、次の信号機が赤になるタイミングを予測して減速を促したりできるシステムだ。
 高度化光ビーコンと通信できる車載搭載機は、車両が、いつ、どの道を走っていたのか、という時刻と全地球測位システムGPS)座標を保持している。これらのデータを高度化光ビーコンで集めれば、感知器のない一般交差点や非集中交差点にどれだけの交通量があったのかを把握できるようになる。このデータを活用して、非集中交差点の信号機のサイクル長などを決定するわけだ。わざわざ人を派遣して交通量調査などを行わずに、すべての信号機で最適化が可能になる。
 現在は、車両数を計測していた光ビーコンが、次々と高度化光ビーコンに置き換わっている。高度化光ビーコンに対応した車種はまだ一握りだが、今後のコネクテッドカーの普及に伴い増えていくだろう。全国の信号機がより賢くなる日は近づいている。
(日経 xTECH/日経SYSTEMS 安藤正芳)