放射性廃棄物、放射線出ない元素に変換 進む研究

放射性廃棄物放射線出ない元素に変換 進む研究

コラム(テクノロジー)
科学&新技術
2018/7/28 6:30 日本経済新聞 電子版
 原子力発電所で使った核燃料には放射線を長期間放出する「高レベル放射性廃棄物」が残る。厳重な管理が必要だが、国内の処分場所は決まっていない。この厄介者を、放射線を出さない元素や有用な物質に変える研究が進展を見せ始めた。核燃料からプルトニウムを取り出して再利用する日本は、廃棄物の問題を解決しなければいけない。研究の最前線を追った。
 理化学研究所仁科加速器科学研究センター(埼玉県和光市)の地下に直径18メートル、高さ8メートル、重量8300トンに達する巨大な装置が据え付けられている。円形加速器超伝導リングサイクロトロン」だ。
 隣には、周期表に載った新元素「ニホニウム」を発見した大型加速器も並ぶ。桜井博儀副センター長は「ビームの製造能力は世界一」と胸を張る。ここで高レベル放射性廃棄物を有害度の低い別の物質に変える、政府の大型研究事業が2014年に始まり、実用化の手がかりとなるデータが出始めた。
 代表例がパラジウム107だ。原発燃料の核分裂ででき、放射能が半分に減る期間「半減期」は650万年と非常に長い。使用済み核燃料1トンの中に0.3キログラム含まれる。この元素を放射線の出ない元素に変換できるのか、ほかにどんな元素が発生するのか、ほとんど分かっていなかったが、現実に起きる反応を知る有望なデータを取得できた。
 理研のリングサイクロトロンでは、加速したウランを金属の標的に当ててパラジウム107だけのビームをうまく作れた。このビームをさらに陽子や重陽子(陽子と中性子が各1個)にぶつけ、パラジウム106に変える実験にも成功した。
 107や106という数字は元素の重さ(質量数)を示し、原子核にある陽子と中性子の数の和で表す。パラジウム106は中性子が1つ少ないだけだが、放射線を出さない安定な元素だ。自動車の排ガスを浄化する触媒に使われ、貴重な資源としてリサイクルする道も開ける。
 パラジウム107は全てパラジウム106に変わるわけではない。安全なロジウムがあれば、半減期が3万年以上のテクネチウムもあった。
 こうした生成物を分類すると、放射線を出さない安定な元素は全体の63.5%を占めた。半減期が1年未満の元素の割合は19.5%、半減期が1~30年の元素は9.3%だった。元素を変換する手法でパラジウム107をなくし、長期間の管理が必要な放射性物質を減らせる見通しを初めて実証できた。
 半減期が30年以上の元素も7.7%発生した。しかし元素を加速するエネルギーを低くすると、その発生割合を抑えられることも分かってきた。加速エネルギーを低くすると、変換できる元素の量は減ってしまう。どの程度の加速エネルギーが最も適しているのか、条件を探っている。
 この実験は、理研加速器施設を使わなければ実現できなかったといわれる。目的の放射性物質に陽子や重陽子をぶつける実験をしようとすると、使用済み核燃料から取り出さなければいけない。その精製は難しいうえ、放射線防護対策も必要だ。
 理研サイクロトロンはウランのような重い元素も加速でき、標的にぶつけて核燃料の中と同じ核分裂反応を再現できる。「物理学の実験では日常的な方法」(桜井副センター長)でも、原子力放射性廃棄物対策とは縁遠かった。標的と加速する粒子が目標の変換技術と逆になるが、実験の障壁をずっと下げられる。データを得るためなら問題はなかった。
 使用済み核燃料の中の半減期が10万年以上の高レベル放射性物質は、パラジウム107を含め7種類ある。研究グループは同じ手法で、ジルコニウム93やセレン79などのデータも収集している。研究を率いる科学技術振興機構藤田玲子プログラム・マネージャーは「技術を実用化するうえで、基礎的なデータは欠かせない」と、この実験の意義を強調する。
 政府の研究事業では、放射性廃棄物を分別する技術や陽子などを強力に加速する専用の装置の開発もテーマに掲げる。40年ごろの実用化を目指し、これから取り組む研究開発課題を18年度中にまとめる予定だ。
 高レベル放射性廃棄物にはもう一つ、ネプツニウムアメリシウムなど核燃料のウランより重い元素もある。1980年代から分離と消滅を目指す研究は続くが、実現はまだ先。技術に見通しが立っても経済性の評価やなお残る廃棄物の処分地の選定は避けて通れない。解決にもっと知恵を絞らなければいけない。
(科学技術部 越川智瑛)

放射性廃棄物放射線出ない元素に変換 進む研究

コラム(テクノロジー)
科学&新技術
2018/7/28 6:30 日本経済新聞 電子版
 原子力発電所で使った核燃料には放射線を長期間放出する「高レベル放射性廃棄物」が残る。厳重な管理が必要だが、国内の処分場所は決まっていない。この厄介者を、放射線を出さない元素や有用な物質に変える研究が進展を見せ始めた。核燃料からプルトニウムを取り出して再利用する日本は、廃棄物の問題を解決しなければいけない。研究の最前線を追った。
 理化学研究所仁科加速器科学研究センター(埼玉県和光市)の地下に直径18メートル、高さ8メートル、重量8300トンに達する巨大な装置が据え付けられている。円形加速器超伝導リングサイクロトロン」だ。
 隣には、周期表に載った新元素「ニホニウム」を発見した大型加速器も並ぶ。桜井博儀副センター長は「ビームの製造能力は世界一」と胸を張る。ここで高レベル放射性廃棄物を有害度の低い別の物質に変える、政府の大型研究事業が2014年に始まり、実用化の手がかりとなるデータが出始めた。
 代表例がパラジウム107だ。原発燃料の核分裂ででき、放射能が半分に減る期間「半減期」は650万年と非常に長い。使用済み核燃料1トンの中に0.3キログラム含まれる。この元素を放射線の出ない元素に変換できるのか、ほかにどんな元素が発生するのか、ほとんど分かっていなかったが、現実に起きる反応を知る有望なデータを取得できた。
 理研のリングサイクロトロンでは、加速したウランを金属の標的に当ててパラジウム107だけのビームをうまく作れた。このビームをさらに陽子や重陽子(陽子と中性子が各1個)にぶつけ、パラジウム106に変える実験にも成功した。
 107や106という数字は元素の重さ(質量数)を示し、原子核にある陽子と中性子の数の和で表す。パラジウム106は中性子が1つ少ないだけだが、放射線を出さない安定な元素だ。自動車の排ガスを浄化する触媒に使われ、貴重な資源としてリサイクルする道も開ける。
 パラジウム107は全てパラジウム106に変わるわけではない。安全なロジウムがあれば、半減期が3万年以上のテクネチウムもあった。
 こうした生成物を分類すると、放射線を出さない安定な元素は全体の63.5%を占めた。半減期が1年未満の元素の割合は19.5%、半減期が1~30年の元素は9.3%だった。元素を変換する手法でパラジウム107をなくし、長期間の管理が必要な放射性物質を減らせる見通しを初めて実証できた。
 半減期が30年以上の元素も7.7%発生した。しかし元素を加速するエネルギーを低くすると、その発生割合を抑えられることも分かってきた。加速エネルギーを低くすると、変換できる元素の量は減ってしまう。どの程度の加速エネルギーが最も適しているのか、条件を探っている。
 この実験は、理研加速器施設を使わなければ実現できなかったといわれる。目的の放射性物質に陽子や重陽子をぶつける実験をしようとすると、使用済み核燃料から取り出さなければいけない。その精製は難しいうえ、放射線防護対策も必要だ。
 理研サイクロトロンはウランのような重い元素も加速でき、標的にぶつけて核燃料の中と同じ核分裂反応を再現できる。「物理学の実験では日常的な方法」(桜井副センター長)でも、原子力放射性廃棄物対策とは縁遠かった。標的と加速する粒子が目標の変換技術と逆になるが、実験の障壁をずっと下げられる。データを得るためなら問題はなかった。
 使用済み核燃料の中の半減期が10万年以上の高レベル放射性物質は、パラジウム107を含め7種類ある。研究グループは同じ手法で、ジルコニウム93やセレン79などのデータも収集している。研究を率いる科学技術振興機構藤田玲子プログラム・マネージャーは「技術を実用化するうえで、基礎的なデータは欠かせない」と、この実験の意義を強調する。
 政府の研究事業では、放射性廃棄物を分別する技術や陽子などを強力に加速する専用の装置の開発もテーマに掲げる。40年ごろの実用化を目指し、これから取り組む研究開発課題を18年度中にまとめる予定だ。
 高レベル放射性廃棄物にはもう一つ、ネプツニウムアメリシウムなど核燃料のウランより重い元素もある。1980年代から分離と消滅を目指す研究は続くが、実現はまだ先。技術に見通しが立っても経済性の評価やなお残る廃棄物の処分地の選定は避けて通れない。解決にもっと知恵を絞らなければいけない。
(科学技術部 越川智瑛)