日本海で進む「海の温暖化」 異変が世界に先行、漁業に打撃懸念

日本海で進む「海の温暖化」 異変が世界に先行、漁業に打撃懸念


観測や採水のための装置を日本海から引き揚げる研究チーム=昨年6月(国立環境研究所提供)
観測や採水のための装置を日本海から引き揚げる研究チーム=昨年6月(国立環境研究所提供)

 豊かな水産資源を育む日本海で異変が起きている。地球温暖化で深海の酸素が減少しており、生態系に悪影響を及ぼす恐れがあると専門家は懸念する。温暖化の影響が表れやすいとされる日本海に、世界の注目が集まっている。
漁獲量が変動
 日本近海のスルメイカは近年、記録的な不漁が続いている。漁獲量は海水温の周期的な変動によって増減することが知られており、現在は低温の不漁期にあたる。
 ただ、北海道大の桜井泰憲名誉教授(海洋生態学)は「周期変動だけが不漁の原因とは断定できない。温暖化で北極の氷が解け、一部の海域が冷えた影響もあるのでは」と指摘する。
 すしネタの代表ともいえるクロマグロ。その漁獲量は近年、日本海で増加している。東京大の木村伸吾教授(海洋水産学)は産卵場の移動が原因とみる。従来は主に東シナ海で産卵していたが、温暖化で水温が上がったため、冷たい海を求めて日本海へ北上した可能性があるという。
 木村氏は「クロマグロは重要な水産資源だが、環境変動の影響を受けやすい。温暖化にどこまで順応できるか」と懸念する。
季節風が引き金
 日本海の深海は、酸素が豊富な表層の水が沈み込んでおり、魚にとってすみやすい環境だ。だが観測データによると、1960年代から酸素濃度は低下し、水温も上昇を続けている。この異変は地球温暖化が引き金になって起きたことを、国立環境研究所などのチームがロシア極東の気温を基に突き止めた。

 仕組みはこうだ。日本海では冬場にロシア極東から冷たい季節風が吹き、表層の水が冷やされ、重くなって深海へ沈み込む。ところが温暖化で季節風の冷たさが弱まり、表層水の冷却が不十分になって沈み込みが鈍くなったため、酸素が深海に供給されにくくなっているのだ。
 深海の酸素は、ロシア極東が厳冬になると増加に転じることも、温暖化の影響を裏付けている。
 このまま温暖化が続くとどうなるのか。同研究所の荒巻能史主任研究員は「仮に深海への酸素供給が完全に止まると、100年で無酸素状態に陥る」と警鐘を鳴らす。
 魚介類の生息域が変わって漁場や漁期の変更を余儀なくされたり、不漁に陥ったりするなど、水産業に大きな打撃を与える恐れがある。チームはそのメカニズムや影響を探る研究を年内に開始する計画だ。
循環する「ミニ大洋」
 日本列島と大陸に挟まれた日本海は水深3千メートル超の深海が広がる一方、太平洋とはごく浅く狭い海峡でつながっているだけだ。深海は厚さ約200メートルの表層水にふたをされた形で、海水が独立して循環している。
 この循環は、大西洋からインド洋、太平洋へと海水が巡る世界の海洋の大循環とそっくり。このため研究者は日本海を「ミニ大洋」と呼ぶことがある。

 日本海の水は約100年で循環するのに対し、世界の海洋では2千年かかる。日本海の現象を詳しく調べれば、地球規模で起きる温暖化の影響の予測に役立つ可能性があるという。荒巻氏は「日本海ではビデオの早送り再生のように温暖化の影響を先行して観察できるのでは」と話す。
 国連は2007年にまとめた気候変動に関する政府間パネルIPCC)の第4次報告書で、日本海は規模が小さいため温暖化による変化が「素早く全体に及ぶ」と指摘。深海での酸素減少も報告され、世界の専門家が注目している。
 温暖化が進むと、海に囲まれた日本列島にさまざまな影響が及ぶ。食文化を支える海の幸を守るためにも、異変の解明と対策で世界に先例を示す役割が期待されている。(科学部 草下健夫)