タンカー衝突の関空連絡橋 修復費用は誰が負担?

タンカー衝突の関空連絡橋 修復費用は誰が負担?

9月4日に関西圏を直撃した台風21号の強風で、関西国際空港と対岸を結ぶ連絡橋にタンカーが衝突した。損傷した箇所は現在も片側車線での対面通行となっており、完全復旧は来年のゴールデンウイーク前になる。今後の焦点は、数十億円ともされるタンカー衝突による損傷の修復費用を誰が負担するのかという問題だ。専門家らに取材して読み解いてみた。
台風21号の強風で関空連絡橋に衝突したタンカー(9月4日午後)=近畿地方整備局提供
台風21号の強風で関空連絡橋に衝突したタンカー(9月4日午後)=近畿地方整備局提供
関係者の話によると、日之出海運(福岡市)所有タンカー「宝運丸」(2591トン)は9月3日、関空島に燃料を荷揚げした後に離岸し、午後1時半ごろ、台風の接近に備えて連絡橋の南約2キロの位置でいかりを下ろして停泊。翌4日午後1時から1時半ごろにかけて、強風でいかりごと船が流される「走錨(そうびょう)」状態になり、午後1時40分ごろ連絡橋に衝突。橋桁は大きく損傷した。
■復旧費用は数十億円に
道路部分を管理する西日本高速道路は9月12~14日にクレーンを使って損傷した橋桁を撤去。現在修復作業を進めている。西日本高速の酒井和広社長は26日の定例会見で、「復旧費用は数十億円規模になる」との見方を示した。撤去費用に加えて、個別に作り直すため高くなると言う。日之出海運への賠償請求は「現在は海難審判の結果待ち」と明言を避けているが、訴訟に発展する可能性もある。
国際航路の航海士としての経験を持つ松村房弘弁護士は、破損した連絡橋について「一義的には船舶の所有者(日之出海運)と船長(同社所属)が、橋の所有者に対して連帯責任を負うことになる」とみる。
では損害額は日之出海運側が負担することになるかといえば、そう単純でもない。「自然災害で発生した被害は不可抗力の部分が多く、自前で加入している保険で直すのが一般的な考え方」(大手損保)だからだ。保険でまかなえない分は自らが負担するしかない。ただ明らかな過失があれば「過失が認められた割合に応じて加害者側(日之出海運)の保険などで損害額を払うことになる」という。
西日本高速道路は連絡橋から損傷した橋桁を撤去した(9月12日午後)
西日本高速道路は連絡橋から損傷した橋桁を撤去した(9月12日午後)
連絡橋には道路と鉄道が通り、それぞれ所有者と管理者が分離している。道路部分は独立行政法人の「日本高速道路保有・債務返済機構」が保有し、西日本高速が管理する。機構も西日本高速も自らは「こうした損害を想定した保険には加入していない」としている。鉄道部分を保有する新関西国際空港会社は「損害賠償を請求するとしてもどこにするのかなどはまだわからない」と話す。
■停泊場所が過失認定の焦点に
過失については、今後訴訟に発展した際に争点となる可能性が高い。海上保安庁は強風で関空島座礁する恐れがあるとして、島から3マイル(約5.5キロ)以上離れて停泊するよう促している。ただ法的な義務はない。一方、日之出海運側は停泊場所について「陸地や空港、橋に三方を囲まれ、停泊に適していた」などと主張。「船長は最善を尽くした」とする乗組員全員への調査結果も公表し、「不可抗力による事故」と強調している。
海難事故に詳しい田川俊一弁護士は「誰がやっても、どの船でも耐えられない暴風であれば不可抗力とみなされる」としたうえで、「(船長の判断で決めた)停泊場所がふさわしかったのかどうかが過失認定の焦点になる」と話す。松村弁護士は「台風が接近して走錨する可能性があったのに、そのまま錨泊態勢をとっていたことが過失にあたる可能性がある」と指摘した。
仮に過失が認められた場合、日之出海運は事故の処理費用を賄う船主責任保険に加入しており、保険金の上限は50億円。賠償する場合でも、この保険金で賄うことになりそうだ。

過失があった場合、日之出海運側はどこまで支払う義務を負うのか。ここで注意すべきは船主責任制限法という法律があることだ。これは船の重さに応じて運航中に生じた損害賠償責任の範囲を制限するものだ。連絡橋に衝突したタンカーを同法の基準に当てはめると責任を負うべき金額は3億円程度とみられる。しかし今回のケースでは適用されるかどうかは不透明だ。
1つは、この法律の対象となるのは「船舶の運航に直接関連して生じる損害」などと定められていること。ただ今回のケースは回避行動は取っているものの、停泊中に起きている。「船舶の運航中と認められれば適用される可能性がある」(法務省の担当者)。もう1つは過去に平水区域(河川、湖、港湾など)のみで運航する船の事故について、同法の適用を認めない判例があること。衝突したタンカーは「岡山県倉敷市の水島と関空をピストン運航していた」(日之出海運)が、「大阪湾は平水区域にあたる」(国土交通省担当者)という。
■間接被害は証明難しく
タンカーの衝突問題では間接的な機会損失も発生した。例えば空港利用者の輸送を担っていた鉄道会社、関空が利用できないことでキャンセルが続出した宿泊業者などだ。インバウンド(訪日外国人)を主な顧客としていた商店も売り上げが激減した。
訪日客が減り、閑散とした大阪・黒門市場(9月12日)
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医薬品や電子部品のメーカーは関空の物流機能がまひしたことで、代替輸送に切り替えて輸送コストが上昇している。これらの間接的な損害は、果たしてどこまで請求することができるのだろうか。田川弁護士は「直接的な因果関係の証明が難しく損害が認定されないのでは」と話す。
大手損害保険の担当者は「連絡橋が使えないことによる鉄道会社の機会損失は認められる可能性があるが、それ以外は因果関係がわかりにくい」との見方だ。
台風21号による被災から1カ月。企業活動はほぼ平常に戻ってきたが、被害金額の算定や損害賠償などはむしろこれから。台風が関西に残した傷痕が完治するまでには長い時間が必要となりそうだ。
(中谷庄吾、岡田江美)