ヤマト運輸「約束」は守られたか 宅配値上げ1年

ヤマト運輸「約束」は守られたか 宅配値上げ1年

宅配最大手のヤマト運輸が値上げに踏み切って1年。業績はV字回復した。ユーザーが値上げを我慢しているのは、宅配便の急増で疲弊している配達員への同情もある。値上げの大義名分として現場改革を打ち出したヤマトだが、「約束」は履行されているのか。
■V字回復にゆるむ表情
10月の最終週は、宅配大手の「決算V字回復ウイーク」となった。最大手ヤマト運輸を傘下に持つヤマトHDの4~9月期決算は、前年同期の120億円の最終赤字から一転、99億円の最終黒字に。芝崎健一専務は記者会見で「(宅配の)単価が上昇し、業績は堅調に推移した」と胸を張ってみせた。
業績V字回復に自信を見せるヤマトHDの芝崎専務
業績V字回復に自信を見せるヤマトHDの芝崎専務
日本郵政は「ゆうパック」を手がける子会社の日本郵便が171億円の最終赤字から191億円の最終黒字に。佐川急便にいたっては「今期をもって(値上げが)打ち止めということはない」(親会社SGHDの嵯峨行介取締役)との強気発言も飛び出した。やはり最終利益が15%増の191億円となる好決算が背景にある。
ヤマトの4~9月期の平均単価は前年同期の554円から657円へと約2割上がった。現場の配達員の負荷をおさえるために「総量抑制」を実施したことで荷物の数自体は6%減ったが、単価増がこれを補ってあまりある効果だ。
■ヤマトから「取引停止」も
「送料が2倍になってしまうので、購入頻度を半分にへらすお客さんも出てきそう」。
東京・多摩西部の瑞穂町で無農薬・無肥料で育てたニンジンやレタスなど野菜を通信販売している井垣貴洋さん(41)は不安を隠さない。今年7月、それまで約9年間使い続けた日本郵便から値上げを通告された。それまでの段ボール1箱一律473円が1000円を超える。
ヤマトや佐川にも当たったがいずれも値上げ水準は同等。結局10月から佐川の928円に変更したが、顧客への配送料を350円から700円に引き上げて泣いてもらうしかなかった。
「いきなり2倍という上げ方はアンフェア」。農家の井垣貴洋さんは不満をつのらせる
「いきなり2倍という上げ方はアンフェア」。農家の井垣貴洋さんは不満をつのらせる
「いきなり倍という上げ方はアンフェア。今までの信頼を裏切るよう」と憤る。
ある通販会社はもっと酷だった。ヤマトが昨年8月にいったん値上げを要請してきたが、その後「見積もりを取り下げたい」と事実上、取引の停止を通告されたと明かす。急ぎ佐川や郵便へ切り替えたが、これらも値上げ。同社の営業幹部は「急に言われても、全ての通販業者が値上げを吸収できるわけではない。もう少し計画的にできなかったのか」と不満を隠さない。

判官びいきに守られた宅配大手
2017年から表面化した「宅配クライシス」は、アマゾンなどのネット通販で膨れあがった配送需要に対し、宅配インフラが間に合わなかったために起きた全国的な事象だった。
ただその過程では、宅配会社への批判はあまり表面化せず、値上げも総量抑制も受け入れるしかないとの世論が広がった。力関係で優位にあるアマゾンなどのプラットフォーマーが「悪役」になった印象が強い。
その「判官びいき」効果を引き出したのは、汗水流して働く現場の配達員の姿だ。「自分がいないために何度も再配達に来てくれる配達員さんに申し訳ない」(都内の共働き主婦)といった感覚が、受益者負担の心情を呼び起こした面がある。
働き方を改善する「約束」は果たされたか
働き方を改善する「約束」は果たされたか
では、値上げや総量抑制の大義名分となった宅配現場の労働負荷の軽減や働き方改革は額面通りに進んでいるのか。
■下請けに転職する人も
京都市でヤマトから委託を受け配達をしているある配達員は「ヤマトさんもだいぶ気にしている印象」と話す。かつては勤務時間外に電話で再配達を申し込んでくる客が多かったが、今は「勤務終了後は必ず携帯の電源を落とせ」との本社の指示が出ているという。時間外残業をなくすためだ。
ただ「給与面では不満が出ている」。勤務時間が短くなるため固定給の社員の給料は下がる。「配達した個数に応じて手数料がもらえる下請けのほうが稼げると、会社を辞めてあえて下請けになる人もいるほど」(同配達員)。別の配達員は「働き方改革がはじまって土日は休み、夜遅い時間帯の勤務もなくなった。その分を下請けがやっている」と話す。
実は宅配大手は繁忙期などに下請けの運送会社を使うケースが多く、見慣れた制服や帽子を身につけていても実際は下請けの配達員ということがある。早朝や夜間の配達を下請けに回すことで目先の解決をはかる現場の実情が垣間見える。
■アンカーキャストが足りない
現場改革の切り札としてヤマトが打ち出したのが「アンカーキャスト」だ。通常の配達員が朝から夜まで働くのとちがい、再配達が多くなる夕方から夜間を中心に働く。
アンカーキャストを募集するヤマト運輸のサイト
アンカーキャストを募集するヤマト運輸のサイト
昨年9月に発表した中期経営計画では20年3月末までに1万人規模でそろえるとし、今年4月時点では「この冬の繁忙期までには半分は超えないと話にならない」(ヤマト運輸の長尾裕社長)と意気込んでいた。
ところが社外からの採用を本格化した6月以降、かえってペースはスローダウン。実際に確保できたアンカーキャストは約1800人(8月末時点)で、計画の3割強にとどまった。ヤマトHDの芝崎専務は10月31日の4~9月期決算会見で「(20年3月時点で)1万人に対して少し満たないかもしれない」と発言し、導入の遅れを認めた。
■熟練配達員との落差も
現場に詳しいヤマトのある幹部によれば、アンカーキャストは、もともと現場にいたパート社員から募るところから着手。だが6月から外部からの採用を始めると、夏までの間に見直しの声があがった。
「担当の地域や顧客に習熟した配達員と、事情を知らないアンカーキャストの違い」(同幹部)があったという。教育不足でサービス水準が追いつかない課題があったことをにおわせる。
アンカーキャストの募集に慎重になっている背景には、末端の接客で問題を起こしたくないとの思いが見え隠れする。ヤマトがピリピリしている理由は今夏の子会社の不祥事だ。
記者会見でうつむくヤマトホールディングスの山内雅喜社長(中)ら(7月24日午後、国交省)
記者会見でうつむくヤマトホールディングスの山内雅喜社長(中)ら(7月24日午後、国交省
■「小倉さんだったら」
引っ越し事業の子会社ヤマトホームコンビニエンスが引っ越し代金を過大請求していた。一部に組織ぐるみで、悪意があったことも判明している。宅配と共通して使っている「クロネコブランド」の評判を落とす事態となり、8月末にヤマトHDの山内雅喜社長が謝罪し社内処分を発表した。
「もう一度、小倉イズムに立ち戻りましょう」。9月13日、新潟県湯沢町で開かれたヤマト運輸労働組合の定期中央大会。異例の呼びかけが響いた。声の主は、ヤマトHDの社長・会長を歴任した71歳の瀬戸薫特別顧問だ。
■「利益のことは一切いわない」
「小倉さん」とはヤマトの創業家2代目社長で、運送業から宅配業に参入し、今日の宅配インフラを築き上げた故・小倉昌男元会長のこと。労組は長老の瀬戸氏に頼み込み、10月5日には現役経営陣も集まる懇談の場で小倉イズムを説いてもらったという。

今回の値上げについても、ある古参幹部は「小倉さんがいたら、『違う方法があるんじゃないか』と言ったと思う」と嘆息する。
支店長研修で宅急便のシステムを説く小倉氏(昭和55年)
支店長研修で宅急便のシステムを説く小倉氏(昭和55年)
1976年1月、小倉氏は社運をかけた宅配サービスを関東一円で開始したが、初日の取扱個数はわずか11個。最初の約1カ月でも9000個に満たなかった。「内心、厳しいなと思う。だが、役員や社員に早く利益を出せとは言わなかった。逆に、『これから利益のことは一切言わない。サービスを最優先してほしい』と口を酸っぱくして話した」(『私の履歴書』より)。
■物流拠点を強化
11月20日、千葉県流山市で宅配便の新たな輸送拠点が稼働した。大和ハウス工業の大型施設に間借りし、床面積は約3万2500平方メートル。「平均的な輸送拠点の1.5~2倍の規模」(ヤマト運輸流山主管支店の飯田幸夫ベース長)という。
11月20日に稼働したヤマト運輸「流山ベース」の荷分け作業(千葉県流山市)
11月20日に稼働したヤマト運輸「流山ベース」の荷分け作業(千葉県流山市
トラックから降ろした計約600キログラムの荷物が入る「カゴ車」を人力ではなく自動で搬送したり、荷物を高速で仕分けしたりできる。機械化によって、10人強の人手を省き他に回すことができるという。
佐川などと共同利用する宅配ロッカーの数も、今年3月から1割多い約3200カ所まで増設。日本郵便は荷物を受取人の指定した場所に届けて配達完了とする「置き配」を2019年3月から始める。12月には都内でモニター調査を実施する。届け先・受取人の協力を前提に再配達を減らす取り組みが進んでいることも確かだ。
ただ当面超えなければならないのはこの年末だ。
■減らない流通総量
全体の宅配流通量はあなどれない水準で推移している(東京・銀座のヤマトHDとヤマト運輸の本社ビル)
全体の宅配流通量はあなどれない水準で推移している(東京・銀座のヤマトHDとヤマト運輸の本社ビル)
12月の繁忙期は目の前だ。歳暮やクリスマス、おせち料理に加え、ネット通販の特売などで需要は通常の約1.5倍に膨らむ。
宅配大手は百貨店や通販会社に協力を呼びかける。イオンは今年、歳暮ギフトの配送を11月下旬に前倒しする。アマゾンジャパン(東京・目黒)は12月7~11日の特売「サイバーマンデー」にあわせて、日時指定しない通常配送を選ぶとポイントを付与する(プライム会員向け)ことにした。
だが全体の流通量はあなどれない数字で推移している。ヤマトは来年3月までの1年間で荷物を前年比約4%減らすとしていたが、7月末には2%に修正。4~9月は「予想より300万個増えた」(芝崎専務)と明かす。ネット通販だけでなく「メルカリ」などのフリマアプリの普及も背景にありそうだ。
■「ゆとりが先、収支は後」
今回のような過重労働と値上げの問題はバブル期の1990年にも起きた。沼上幹一橋大教授の『日本の企業家13 小倉昌男』(PHP研究所)によると、当時の都築幹彦社長が現在と同様、値上げを原資にして運転手の数を増やしサービスの質の低下を食い止めようとした。
ヤマト運輸の配達員(東京都荒川区)
ヤマト運輸の配達員(東京都荒川区
だが会長だった小倉氏は「ゆとりが先で、収支を後にしなければならない」と、まず社員の処遇を改善しサービスの質を高めることで利益を出すことを主張。「両者の間で激論が闘わされた」という。ニワトリと卵の論争には違いないが、こうした「サービス優先」の姿勢はヤマトのブランドに大きく寄与した。
■ミカン1個の覚悟
宅配参入期の小倉氏にはもう一つの逸話がある。ある日集配所の社員が段ボール箱からあふれたミカン1個を食べてしまった。それを聞いた小倉氏は懲戒解雇を言い渡したという。新たな事業を始める際には一点の曇りも許されないという緊張感だ。
このころを第1の変革期とすれば、デジタルとネットのラストワンマイルを担う宅配は次の変革期を迎えている。目先の業績回復は、荷主にも配達員にもユーザーにも負担を強いた一時的なカンフル剤でしかない。いまのヤマトに厳しく自らを律した「ミカン1個」の苛烈さはあるか。
(武田敏英)