中国版新幹線で学習する習近平主席3年後の続投

中国版新幹線で学習する習近平主席3年後の続投
編集委員 中沢克二


中国全土に張り巡らされた中国版新幹線である高速鉄道網。総延長は2万9千キロメートルを超す。世界の高速鉄道延長距離の3分の2を占め、日本の新幹線の10倍近くという。
「ぜひ乗ってみてください。習近平(シー・ジンピン)新時代がずっと続くことが分かります。中国の人民は高速鉄道の車内でも政治学習をしているのです」
中国の方々の話は時に大げさだ。半信半疑で高速鉄道に乗ると、その意味がすぐわかった。今や多くの庶民が乗る二等車の各車両の天井からは、航空機のように広告専用の液晶画面が等間隔で垂れ下がっている。そこで定期的に流れる番組は「憲法を学ぼう」という政治宣伝だった。
憲法重視でも「憲政」はご法度
中国の人々は高速鉄道の車内でも習近平新時代の「政治学習」をしている
中国の人々は高速鉄道の車内でも習近平新時代の「政治学習」をしている
まず子供らが教室の黒板で憲法の前文を学ぶ様子が映し出される。画面には「憲法に基づき国を治める(依憲治国)」と大写しになる。「法に基づき国を治める(依法治国)」というスローガンは以前から繰り返し聞かされてきた。「憲法に基づき」の方は、あるにはあっても、庶民向け大宣伝は珍しい。
日本国憲法でも前文は極めて重要である。中国でもまさに「憲政」を重視し、民主国家に倣う法治への道が開かれつつあるのか。一瞬、そう感じさせる。しかし、それは早計である。
この突然、現れた政治宣伝の本当の意味を解釈する際、最も重要なのは、ちょうど1年前の全国人民代表大会全人代、国会に相当)で唐突に改正された中国憲法を思い起こす必要がある。最も重要だったのは2期10年までに制限してきた国家主席の任期制限の撤廃だ。そして前文には、習近平による新時代の始まりを宣言する「習近平新時代思想」が盛り込まれた。この2つはセットだった。
庶民向け宣伝映像で直接、任期制限撤廃の条文を映し出すわけではない。鉄道車内での「改正憲法を学習せよ」という宣伝は、2022年共産党大会を見据えている。「3年後、習主席は憲法にのっとって続投、3選されるであろう」。そういう含意がある。抜き打ち的だった憲法改正から1年を経て、ようやく庶民向けに宣伝できる環境が整ったのだ。
もっと踏み込んで解釈するなら、対米貿易戦争もあって国内経済は困難に直面しているが、習近平を核心とする党中央の集中統一指導に従って団結しよう、という呼びかけともいえる。
習近平新時代の大波は高速鉄道車両の愛称にも及んでいる。最新車両は、習自身が唱える「中華民族の偉大な復興」というスローガンにちなんで「復興号」と名付けられた。胡錦濤(フー・ジンタオ)時代には調和を意味する「和諧号」が主流だったが、時を追って少なくなる。
全人代で動静に注目が集まった周強・最高人民法院院長(横沢太郎撮影)
全人代で動静に注目が集まった周強・最高人民法院院長(横沢太郎撮影)
習近平時代の法治について、国営新華社通信の元高級記者で「改革派」が結集した雑誌「炎黄春秋」編集長も務めた楊継縄にインタビューしたことがある。「中国に憲法はあるのに、『憲政』に関しては自由に議論できない」。この嘆きが耳に残っている。なぜなら憲政は、西側世界の民主的な選挙に基づく政治制度を想起させるからだ、という。
中国は立法・司法・行政の三権分立などに象徴される西側世界の政治制度を決して採用しない。その立場は最高人民法院院長(最高裁に相当)の周強も強調していた。最高裁陝西省に絡むスキャンダルで動静が注目された周強は12日、全人代でも全面的な法治を訴えた。だが、それはあくまで中国独自の法治だ。

■ファーウェイ問題に波及
中国憲法には共産党による指導が明記されており、事実上、共産党が国家の上に位置する
中国憲法には共産党による指導が明記されており、事実上、共産党が国家の上に位置する
そもそも中国憲法には共産党による指導が明記されている。つまり共産党が軍、政府、議会、裁判所、検察を含めて全てを指導できる。共産党規約は事実上、憲法の規定をしのいでいる。まず党規約が改正され、それに沿って憲法も変える。これが中国式法治の意味である。
それは理論にとどまらない。米国との技術覇権争いの焦点である華為技術(ファーウェイ)問題にも大いに関係がある。ファーウェイは、中国を代表する先端技術を持つ一大民間企業であるのは間違いない。だが、いわゆる米欧日の民間企業、プライベートカンパニーとは異なる。なぜなら内部に共産党という一政党の細胞である党委員会があり、重要な役割を果たしているからだ。
しかも習近平政権は、人民解放軍と民間企業の技術を融合しながら安全保障に生かす「軍民融合」を公式に掲げている。その言葉をそのまま信じるなら、いわば国民、国家総動員軍産複合体を目指していることになる。
全人代演説で首相の李克強(リー・クォーチャン)は、米国が標的にする「中国製造2025」という言葉こそ削ったが、「軍民融合発展戦略」の方は相変わらず強調した。今後の対米交渉をにらんで一定の配慮はしたが、大きな方針は変えていない。
これらはファーウェイ側が望んだことではない。共産党と政府がそう仕向けている。憲法共産党の指導を明確に掲げている以上、共産党憲法に基づき国内に存在するあらゆる民間企業を指導できる。これが中国経済に関わる法治の仕組みだ。
中国の民間企業による強制的な技術移転の強要、党・政府と一体の国有企業への補助システム……。米国が矛先を向ける問題の本質も中国式法治への疑問が絡む。米欧で一般的な企業法制が通用しにくいのは、企業、裁判所、検察を含め、あらゆる組織を共産党が指導できる仕組みと関係が深い。
中国は社会主義を標榜しながらも1978年の「改革・開放」政策の導入以来、民間企業の自由な活動領域を徐々に広げてきた。それが長期にわたる高度経済成長の原動力となり、世界第2位の経済大国にまでなった。
■あらゆる組織を共産党が指導
習近平主席の3年後の続投をにらむ宣伝も始まっている(全人代で、横沢太郎撮影)
習近平主席の3年後の続投をにらむ宣伝も始まっている(全人代で、横沢太郎撮影)
習近平時代に入って雲行きは変わる。17年の共産党大会で習近平は、あらゆる領域で共産党の指導を強化するよう号令をかけた。共産党という支配政党が前面に立った統治強化にカジを切ったのだ。これに伴いさらに多くの組織に共産党委員会が設けられた。政策立案上も政府の上に立つ共産党中央の委員会が数多く立ち上がった。
共産党が経済社会をコントロールする際に重視する国有企業の扱いも変化した。「国有企業をより大きく」。ここ数年の方針は、13年秋の第18期中央委員会第3回全体会議(3中全会)で決めた市場重視路線とも大きく異なる。
共産党・政府内には不安を抱く面々も多い。経済不振、米国との経済・貿易、技術覇権争いを誘発した側面があるからだ。全人代では、苦境にある中小・零細民間企業への支援措置は確認された。だが、経済の大方針を論じる第19期中央委員会第4回全体会議(4中全会)はいまだに開かれず、基本路線を変えたわけでもない。このままで中国の潜在成長力を生かせるのか、という疑問は強い。
「中央の政治をむやみに議論しないように――」
習近平政権はこんな厳しい命令も発している。これに反し、声を出して「間違っている」と叫べば、昇進が消えるばかりか、現在の地位維持もままならない。しかも冒頭で紹介したように共産党員ばかりではなく、庶民でさえ「習近平時代が続くだろう」と感じ始めた。3年たってもトップは変わらない。今、異論を唱えるリスクは取りにくい。(敬称略)