アマゾンの巨大さ、大きな問題に

アマゾンの巨大さ、大きな問題に

大きいことはいいことか? 数々の論争に巻き込まれる創造的破壊者

――筆者のクリストファー・ミムズはWSJハイテク担当コラムニスト
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 アマゾン・ドット・コムフェイスブック 並みの問題に突き当たっている。あまりにも巨大化し、無秩序に広がった強力なビジネスを手がけているためにつまずきは避けられず、結果として製品やサービスに対する信頼、ワシントンとの友好関係、世界的な支配を達成する能力を損ない始めたのだ。

 ここでちょっと整理しよう。アマゾンは数千万点の商品を翌日配送することを業界標準にしたほか、クラウドコンピューティング事業を世界的にけん引し、高級スーパーマーケットのホールフーズを傘下に収めた(第2の食品スーパーもチェーン展開する予定)。警察の犯罪者識別を支援し、自社専用の航空貨物機を着実に増やし、年間110億ドル(約1兆2000億円)の広告収入を得ている。さらに、地球上のすべての人を対象に宇宙からインターネット接続を提供することを計画米国の家庭の少なくとも1割で超小型マイクが常時音声を拾う状態を作り出し、アカデミー賞受賞映画やテレビ番組を製作する会社を一から構築した。今やアマゾンの競合相手は、宅配大手のUPSフェデックス をはじめ、グーグル、フェイスブック、アップル、 マイクロソフトIBM 、書籍出版業界、 ネットフリックス 、HBO、ディズニー、小売り大手の ウォルマート 、ターゲット、コストコ、クローガー、ドラッグストア大手のCVSヘルスや ウォルグリーン ・ブーツ・アライアンス、そのほか無数の新興企業だ。

 アマゾンの野望が拡大するにつれ、課題も山積する一方だ。
アマゾン傘下の高級スーパー、ホールフーズの店舗(カリフォルニア州)
アマゾン傘下の高級スーパー、ホールフーズの店舗(カリフォルニア州 Photo: Melissa Lyttle for The Wall Street Journal
 アマゾンは数々の論争に巻き込まれている。顔認証ソフトウエアの使用に加え、倉庫作業員や配達ドライバーの待遇、音声スピーカーが子供のプライバシー保護規則に違反していないか、ホールフーズでの商品値下げをどうするつもりか、傘下のホームセキュリティー企業リングは玄関に設置した防犯カメラに関するプライバシー保護にどう対処するのかといった問題だ。
 このひと月で、同社は民主党の大統領候補に名乗りを上げたエリザベス・ウォーレン上院議員(アマゾン解体を提案している)とツイッター上で論争を展開したほか、倉庫従業員の解雇をアプリで自動処理しているとの報道に反論し、さらに妊娠を理由に7人の従業員をクビにしたことを否定した。これ以前にも低所得者差別との批判を避けるため、キャッシュレス店舗で現金を受け入れることを余儀なくされ、同社従業員が家庭用スマートスピーカー「エコー」の録音を無断で聞いているとの疑惑にも対応した。また、同社の第2本社をニューヨーク市に置く計画を地元政治家の強い反対を受けて断念する一幕もあった。
 「ディスラプター(創造的破壊者)には、リーダーが持ち合わせないような柔軟性がある」。調査・コンサルティング会社カンターの電子商取引担当バイスプレジデント、アリス・フォーニアー氏はこう指摘する。
 かつてはアマゾンに対して、成長のエンジン、米国の自由市場の勝利、顧客重視のイノベーターといった好意的な見方が広がっていた。だが今や、同社が新たなビジネスに参入するとライバルが警戒するだけでなく、政治家も注目する。過去には競合他社やサプライチェーン労働市場に作用する「ウォルマート効果」が存在したが、これが「アマゾン効果」に変わった。
どの程度なら「大きすぎる」のか
 よく繰り返される言葉(アマゾン幹部が頻繁に持ち出し、ジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)が直近の株主への手紙で引用した)は、アマゾンは世界の小売業の1%に満たず、米国の小売業の4%に満たないというものだ。ウォルマートと比べればこの市場シェアは低い。
 「小売市場は厳しい競争にさらされている。当社が事業を展開するどの国でもわれわれより規模の大きい競合相手がいる」。アマゾンの広報担当者はこう述べた。「米国の小売売上高の大部分、90%はいまも実店舗が占めている」
北米小売売上高の比較急成長したアマゾンだが、ウォルマートとの差はまだ大きいSource: Kantar注:ウォルマートの売上高はプエルトリコを除く、アマゾンの売上高には第三者による販売の手数料を含み、またアマゾンの2017‐18年売上高にはホールフーズを含む
(単位:10億ドル)アマゾンウォルマート
2012 ’13 ’14 ’15 ’16 ’17 ’18 0 50 100 150 200 250 300 350 $400
 一方で、アマゾンが決して引用しない別の統計がある。同社は米国の電子商取引の半分を占めているうえ、カンターの推計によると、米国の約半数の世帯が「アマソン・プライム」会員になり、その約半数がアマゾンで毎週買い物をする。また、アマゾンの配送インフラがいかなる競合相手も寄せつけない規模であることは言うまでもない。
 アマゾンの売上高の伸びは鈍化しているとはいえ、同規模の小売企業の中で突出している。1-3月期(第1四半期)の売上高は前年同期より17%増加した。
 一部の反トラスト法の専門家は、アマゾンが規制当局の関心対象として基準を満たしていないとの見方に同意する。「アマゾンの規模それ自体を懸念すべきとは思わない。経済学者は一般的に規模に懸念を抱くことはない」。オバマ前政権下で司法省反トラスト局エコノミストを務めたイエール大学経済学教授のフィオーナ・スコット・モートン氏はこう話す。「反競争行為は消費者にとって有害なものであり、批判者はそれを示すべきだ」
 これに対し、アマゾンが規模を通じて消費者や競争に害悪を及ぼすかどうかを新たな視点で捉える法学者や規制関係者(その典型がウォーレン議員)もいる。2017年にはイエール大学法律大学院の客員研究員リナ・カーン氏が同大の法学雑誌に「アマゾンの反トラストに関する逆説」と題した論文を発表。その主張は大きな波紋を広げている。同氏は現在、反トラスト・商業・行政法に関する下院小委員会の顧問を務める。
アマゾンの自社貨物空輸サービス「プライムエア」
アマゾンの自社貨物空輸サービス「プライムエア」 Photo: James Borchuck/Tampa Bay Times/ZUMA PRESS
 カーン氏はある企業の有害な独占状態を示す唯一の尺度が不当な値上げであるとする現在の反トラスト法の枠組みを否定。反競争行為が問題化した1900年代初めに確立された独占の定義を復活すべきだと主張する。アマゾンの巨大さそのものが競争を妨げていると同氏は強調する。
 ベゾスCEOは同社の小売売上高の大部分が今や、電子商取引インフラを利用する販売業者からの手数料だと豪語している。この比較的うまみの大きいビジネスは投資家を喜ばせるかもしれないが、一方で商品検索をアマゾンのサイトで始める人が増えるというフィードバック・ループを生み出し、その結果、ますます多くのブランドや小売業者が同社のプラットフォームを(大抵は嫌々ながら)使わざるを得ない状況となっている。
 「アマゾンの敷いたレールに乗らなくてはならない何千もの小売業者や独立事業者は、次第に自分たちの最大のライバルであるアマゾンへの依存を強めている」。カーン氏はこう指摘する。
生き残りをかけて
 アマゾンの競合相手は当初、そのやり方を直接まねようとしたが、うまく行かなかったと前出のフォーニヤー氏は語る。だが、アマゾンが小売業界を食い尽くすほどではないとはいえ、同社に存在意義を脅かされたことで背中を押され、ライバル各社は投資に注力している。少なくともその一部は、それぞれの強みを生かした技術のてこ入れを図っている。例えば、ウォルマートならば食料雑貨の量販店としての役割を生かすこと、ターゲットならば小型店舗に力を入れ、ネット注文品を店舗で受け取れるようにする戦略などだ。
 ターゲットは2017年、3年間で70億ドルかけて店舗を改装するほか、利益の中から年間10億ドルを技術革新および新たな競争力の高いビジネスや独自の強みの発見のために投じる方針を明らかにした。
 一方、アマゾンは競争だけでなく、提携関係にも前向きな姿勢を打ち出している。2018年には百貨店大手コールズのミシェル・ガスCEOがウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に対し、同社がアマゾンと提携し、アマゾンへの返品をコールズの店舗に持ち込むことを認めたのをうれしく思うと述べた。同CEOは「双方のビジネスにとって多くのスペースが生まれる」と述べた。
 もっと小規模なライバルは、急成長のための教訓を得たいと考えている。起業家育成プログラム「Yコンビネーター」の支援を受けて最近創業したヒンジトゥは、顧客がアマゾン型の小規模なマーケットプレースを立ち上げ、配送から決済まで処理するための支援システムを開発する予定だ。
 その考え方は、1社でアマゾンの巨大なインフラには対抗できないが、多数の小売業者が集まることにより、手頃な価格で2日以内に配達する第三者の配送サービスを実現できるのではないかということだ。それを店頭在庫管理ソフトや、ストライプのようなオンライン決済サービスと組み合わせれば、各マーケットプレースで特色ある商品を販売し、その背後でアマゾン以外の企業が大量の処理業務をまとめて行うことができる。
 アマゾンにはライバルが誰も太刀打ちできない、取っておきの切り札がある。同社が収集する膨大なデータだ。従来はロイヤルティープログラムが長らく顧客の習慣を知る方法だった。だがアマゾンはそのデータ収集能力によって、フェイスブックマーク・ザッカーバーグCEOも驚くかもしれない宝の山を築いている。
 アマゾンがターゲット広告を定着させ、フレネミー(友人を装った敵)企業が増え続けるほどに、このデータはますます存在感を高めるだろう。アマゾンがオンデマンド動画や日用品、インテリアを届けるだけでなく、同時にあなたのカルテを分析する医師が使うクラウドサービスも提供していると分かれば、あなたはホールフーズで気軽に高級アイスクリームを買うのをためらうかもしれない。