命を守る「TKB」 避難所の“常識”が変わる?

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命を守る「TKB」 避難所の“常識”が変わる?

『災害時の避難所に「TKB」が必要だ』
専門家で作る学会がまとめた提言です。相次ぐ災害関連死を防ぐために考案された、この3文字。これまでの避難所の「常識」が変わろうとしています。(社会部記者 森野周)

TKBとは?

TKBは、「トイレ・キッチン・ベッド」の略です。

提言をまとめたのは、避難所・避難生活学会の医師や専門家たち。避難所生活が原因の災害関連死が相次いだことを受けて、TKBの必要性を感じたといいます。

提言では、「快適で十分な数のトイレ」「温かい食事」「簡易ベッド」の提供が必要だとしています。裏を返せば、今の避難所では、「不便で不潔なトイレ」「冷たい食事」「床での雑魚寝」が課題だということです。

T=トイレの課題…「汚い」「段差」「和式」

この写真は、平成28年熊本地震震度7を2回観測した熊本県益城町の避難所です。最大で1500人が避難。体調を崩す人が相次ぎ、「災害関連死」に認定された人もいました。

大きな問題が「T=トイレ」でした。運営に携わった支援団体の担当者によりますと、国のプッシュ型支援で、仮設トイレは地震の翌日に届きました。
しかし、多くの人が使うため、並ぶ上にすぐに汚れます。入り口には急な段差があり、しかも和式のトイレでした。

このため、高齢者や女性を中心に、トイレに行く回数を減らそうと、水や食事を控える人が多かったということです。このことが、多くの人の健康状態の悪化につながりました。

K=キッチンの課題…毎日、パンやおにぎり

次が「K=キッチン」の必要性につながる、食事の問題です。

西日本豪雨で大きな被害を受けた、岡山県倉敷市真備町の避難所。ここで避難生活を送った森脇敏さんは、4か月間ほぼ毎日、同じような食事が続いたといいます。
朝は昆布とサケ、明太子のおにぎり。昼はメロンパンやレーズンパンなど3種類のパン。夜は弁当の繰り返しです。当初は、電子レンジもなく、冷たいまま食べていました。ボランティアなどによる炊き出しは、限られていたといいます。
森脇敏さん
「4か月間、全くメニューが変わりませんでしたが、出していただくだけでもありがたいということで、文句は言えませんでした」

B=ベッドの課題…床の雑魚寝が健康を害す

そして、「B=ベッド」。私たちが災害時よく目にする、床の雑魚寝が課題になります。
先ほど紹介した熊本県益城町の避難所。廊下まで人があふれ、スペースは寝返りを打つのも難しいほどです。

さらに、横になっている人のすぐそばを、別の人が歩いています。床から舞うほこりを吸い込みやすくなります。動きにくいことが原因で、「エコノミークラス症候群」となって、病院に運ばれた人も相次いだといいます。

東日本大震災の避難所では、「寒さ」も問題になりました。床に直接寝ると、下から冷気が伝わるためで、多くの人が体調を崩しました。

これまで紹介した例は、多くの人が思い浮かべる避難所生活のイメージと同じかもしれません。しかし、その環境で、多くの「災害関連死」が出ていることを、専門家は問題視しているのです。

避難所・避難生活学会は、「TKB」を導入している海外の事例として、日本と同様、繰り返し大地震に見舞われているイタリアの例を挙げています。

“TKBの国”イタリア

3年前のイタリア中部の大地震では、避難した被災者のため、発生から48時間以内に、広くて掃除がしやすいコンテナ型のトイレが整備されたほか、家族ごとにテントとベッドが支給されました。
キッチンカー
避難所では、なんと、被災直後から温かいパスタも。イタリアならではの食事です。調理を担うボランティア団体が、「キッチンカー」と呼ばれる車を各地に準備し、調理師が調理するのです。
なぜ、このようなことができるのか。イタリアの避難所の運営を繰り返し視察している、新潟大学特任教授で避難所・避難生活学会の榛沢和彦会長は「国の機関が各地に“TKB”を備蓄したうえで、ボランティア団体に指示を出し、費用を負担する仕組みが整えられているためだ」といいます。

日本でも始まる「TKB」

コンテナトイレ
日本でも、「TKB」を導入する動きが、被災地の現場で始まっています。

まず、「T=トイレ」。
これは、去年の北海道で震度7を観測した地震のとき、一部の避難所に導入された「コンテナトイレ」です。北海道のコンテナメーカーが開発しました。
水洗トイレで、入り口は、スロープから上がれます。さらに、洋式トイレのため、高齢者もちゅうちょなく行くことができたと言います。
次に、「K=キッチン」。
岡山県倉敷市真備町のある避難所では、支援に入った看護師の山中弓子さんが、施設のキッチンを利用して、「温かい食事」の提供を始めました。市が用意する弁当のおかずなどのほかに、炊きたてのごはんや野菜の入ったおかずなど温かい食事を毎日提供するようにしました。

毎日、パンとおにぎりの生活を送ってきた、森脇敏さん。地震から4か月後、山中さんのいる避難所に移りました。
「温かい食事だけでも、精神的に楽になった」と振り返っています。

また、民間の会社で、日本版のキッチンカーを開発しようという動きも進んでいます。

そして、「B=ベッド」。
今、各地の避難所で導入されているのが、段ボールベッドです。去年の北海道の地震では、厚真町の避難所に、地震後3日で設置されました。日本赤十字北海道看護大学が備蓄していたため、迅速な導入につながりました。

段ボールベッドは、床から舞うほこりを吸い込みにくいため衛生的な環境を保てるほか、床から伝わる冷たさを防いだり、いす代わりに腰掛けて使えたりする利点もあります。

支援者たちの努力で、「TKB」は、一部の現場では導入が進んでいます。真備町の避難所の支援を行った看護師の山中さんのことばが、印象的でした。
「避難生活を送る人たちは、どうしても不満を言い出せなくて、我慢してしまう。『避難所だから我慢しなければならない』ではなく『避難所だからこそストレスの低い生活を送る』ために、工夫できることはたくさんあると思います」

“TKBの導入は現場の努力頼み”

一方、課題もあります。被災した自治体によって、導入に差があることです。

制度として定着したものではないため、避難所の支援者が導入を提案したときに、自治体の担当者から「前例がない」と断られることも多いということです。

支援者を中心に、劣悪な避難所の環境を改善しようという取り組みが進んでいますが、裏を返すと、現場の努力頼みになっているという実情があるのです。
日本で、TKBの導入を進めるにはどうすればいいのか。避難所・避難生活学会の榛沢会長は、国と各機関が連携した体制作りの重要性を強調します。
避難所・避難生活学会 榛沢和彦会長
「市町村に避難所の運営を委ねると、担当者にとって初めての経験となることが多い。対応が不十分となることがあり、それでは、同じような避難所がこれからも繰り返される。国が責任を持って、TKBを避難所の標準としていくような仕組みを作ることが必要だ。そのためには、専門性のあるボランティアなどと連携することも欠かせない」

「今までの当たり前」を変えよう

「もし、自分が避難生活を送ることになったら」という視点で考えてみてください。突然家に住めなくなり、数か月にわたって暮らす場所に、命に関わるリスクがある。それを改善する方法も見えてきているのに、必ずしも取り入れられていない状況なのです。

取材を通じて「今までの当たり前」を変えることが大事だと感じています。行政に加え、多くの人が、「TKB」の重要性を認識し、よりよい避難所作りにつなげていくことが必要だと思います。
社会部記者
森野周