中国の天下は続かない(上)雇用と教育からみた「急成長の歪み」

中国の天下は続かない(上)雇用と教育からみた「急成長の歪み」 雇用ジャーナリスト 海老原 嗣生

2019/2/14


 今や、世界は米国と中国の二極体制になりつつある。とりわけ、先端ハイテク領域で中国および中国企業の伸長は著しい。
最先端の中国と現実の中国。中国とはどのような国なのか
 スマホの出荷台数でみると、2018年第2四半期には、中国の華為技術(ファーウェイ)が米アップルを抜き、堂々2位となった。それも僅差でのしのぎあいではなく、ファーウェイ5420万台に対してアップル4130万台と大きく水をあけており、1位のサムスンの背中が見えたほどだ。しかも、3位には小米(シャオミ)、4位にはOPPO(オッポ)、5位には中興通訊(ZTE)と中国企業が連なる。
 自動車産業でも同様だ。中国内の販売台数だけでも、2017年には中国地場メーカー合計で1087万台と大台を超え、トヨタ自動車のグループ世界販売台数を抜いた。
 こうした産業を支える大学の研究でも、すでに中国はアジアNo1となっている。2018年の大学ランキングでは日本の大学では東大が46位でトップ。対して中国は、北京大27位、清華大30位、香港大40位、香港科技大44位と、東大より上位に4校もランクインする。
 まさに昇竜の勢いつきるところなしといった状況だ。こんな調子だから景気の良い話にもことかかない。
 日本中の観光スポットには中国人観光客が溢れ、繁華街では羽振りの良い爆買いが目を引き、銀座や新地などの高級名店で大枚をはたく中国人ビジネスマンにももう慣れた。
 就職、転職などの話でも、驚くようなニュースが飛び交っている。
 ファーウェイでは日本の理系大学新卒者の初任給が40万1000円。転職エージェントには、中国メーカーから年収1500万円以上の中途採用求人が多数寄せられ、国内メーカーからの転職で年収が2倍近くにはね上った人の話を普通に耳にする。
 中国本国では、米マサチューセッツ工科大学(MIT)やカーネギーメロン大学の卒業生を、なんと初任給80万元(約1300万円)で向かい入れるという話まで飛び出した。
 まさに世界は文字通り中華思想(中国が真ん中に華として座す)が実現したかのようだ。
 ただ、その一方で全く違う中国の一面にも、僕らは日々接している。
 最低賃金ギリギリで過酷な就労を強いられ問題が多発する技能実習生は、今でも中国人がベトナム人についで多く、全体の4割近くを占める。街中のコンビニや飲食店でも中国人バイトを見かけない日はない。偏差値40にもならない日本の大学に大量に留学し、バイトに明け暮れた後、新卒で家電量販店やディスカウントストアに大量に就職しているのも中国人だ。
 そう、中国は2つの顔を持っている。最先端で世界を牛耳る一方で、いまだに貧しく厳しい生活を余儀なくもされる。これからしばらく、現地取材とデータなどから、「雇用」を中心にその真の姿を考えていくことにしよう。

日本人並みの所得層はたった6.6%
 まず、中国の国力を最初に示しておこう。経済規模を比較するのに一般的なGDP(国内総生産)の規模でみると、米国(19兆3906億$)についで、12兆146億$で中国は世界第2位。3位は4兆8271億ドルの日本だが、中国の経済規模はその約2.5倍にもなる。とここまで見れば、世界2強の一角を占める中国と、大きく水をあけられた日本という構図になるが、現実は少々異なる。
 中国の人口は約13億9000万人で、約1億2500万人の日本の11倍にもなる。人口が11倍で国力が2.5倍ということは、個人レベルの所得はとても少ない。GDPを人口で割った一人当たりGDPで見れば、日本が3万8439ドルなのに対して中国は8643ドルと、5分の1程度でしかないのだ。
 一体、中国の労働者のうち、日本人並みの給与をもらっている人の割合は、どのくらいなのか。

 経産省の推計(Euromonitor Internationalが原典)によると、2015年時点で先進国並み(年収3万5000ドル以上)の所得を得ている人は、全体の6.6%となる。年収1万5000ドルと日本人の4割程度の水準にまで広げても、その割合は24.7%にしかならない。国全体を眺めて、人々の生活を語るなら、まずはこの当たり前の数値を念頭に置いて考えてほしい。

 私たちが日常的に目にしている爆買い中国人観光客はほんの上位数パーセントのリッチ層であり、欧米のトップ大学に進学して初任給1300万円などで雇われている人はさらにそのまたほんの一握りでしかないのだ。
 それでも14億人もの人がいる中国では、こうしたハイパー人材だけでも数十万人となってしまう。だからマスコミには彼らのエクセレントな生活・キャリアの情報が多々、流れる。
 それで、僕らは、ほんの一握りの裕福中国人が向こうの標準だと勘違いし、彼らと比較して、「今の日本人は」と焦りを感じるのだ。
 一方で、先ほどの経産省推計にしたがえば、中国では年収1万5000ドル(165万円)未満の人たちが就労者の75.3%であり、うち、5000ドル未満(55万円)の絶対貧困層が32.6%もいる(前出の経産省試算)。だからこそ、来日して最低賃金技能実習をしたり、流通・サービス系の店舗でバイトをしている中国人留学生が大量にいるのだ。

35歳以上の大卒ホワイトカラーが極端に少ない
 中国経済の話をするときに、もう1つ大きなポイントがある。それは、経済がここ20年に急激に発展したため、長く企業経営に携わっているミドル人材の層が極端に薄い、ということだ。
 少し考えてみよう。中国の改革開放路線は鄧小平時代に開始したが、当初それは遅々としたスピードでしか進まなかった。しかも悪いことに1989年の天安門事件で西側諸国のバッシングを受け、経済発展はここで腰折れする。結果、1990年の段階では中国のGDPは日本の約8分の1しかなかった。同国が年率10%以上の高度経済成長期入りするのは1994年のこと。その後、2000年に日本の4分の1、2009年に逆転、そして2014年に2倍、と猛スピードで経済規模を拡大させてきた。
 つまり、2000年時点では日本経済の4分の1しかなかった同国では、当時から産業界に身を置くベテラン企業人は本当に少ない。40代の熟練マネジャーやエンジニアがことのほか少ないのだ。
 これは学歴でも同じことがいえる。
 元々、中国では大学の数が少なく定員枠も小さかった。共産党幹部職を目指すなど、一部の優秀層のみに高等教育は門戸が開かれていたのだ。1990年時点では高等教育進学率はわずか3.4%(進学者数60.9万人)。その後、徐々に大学進学率は上がり出すが、1995年で7.2%(92.6万人、現在彼らが40~41歳)、2000年でも12.5%(220.6万人、同35~36歳)とまだまだ多いとは言えない。これら数字からもわかることだが、30代後半以上の大卒者は同国には少ないのだ。
 この2つの歴史的経緯があるから、現在の中国経済界は恒常的なミドル人材の供給不足であり、勢い、若年人材の獲得競争が盛んになる。だから、あくなき昇給を求めてジョブホップする特異な就労環境が成り立つのだ。こうした背景を考えずに、「日本も中国のように」などと中国型キャリアをほめそやす論考には、問題があるといえるだろう。
粗製乱造で3000大学。上位校と普通校に大きな格差
 ちなみに、中国の高等教育進学率は、2005年に20%(進学者数で504.5万人)、2012年には30%(688.8万人)、2015年には40%(737.8万人)をも超える。30歳未満に限れば、過去とは不連続なほどに大卒人材が多くなる。当然、教育インフラの拡充は追い付かず、大学はまさに粗製乱造状態が続いた。
 当時のデータでみると、1998年から2007年のたった9年間に、大学在籍者数は340.9万人から1884.9万人へと、一挙に5.5倍にも膨れ上がり、大学は教員確保に難渋する。そこで、高校教師や大卒の企業人などから敷居を下げて専任教員として迎えている。それでも教員数は40.7万人から116.8万人と2.8倍にとどまり、学生数の増加には遠く及ばなかった。10年ほど前に私が取材で訪れた新設大学には、バラック建ての校舎に椅子だけを並べて机のない教室があったのを思い出す。
 こんな、大卒とは名ばかりな人材の大量供給が起きている。
 一方で985プロジェクトや211プロジェクトなど国家主導の高級人材育成政策が打ち出され、それに指定された上位3%程度の大学ではとてつもなく手厚い教育体制が敷かれる。当然、その差は就職にも大きく影響を及ぼしている。
 2008年の調査で見ると、専科大学生の初任給を100とすると、本科大学生(一般的な大学)は131、211指定大学生は169、最上位の985指定大学生は190とほぼ2倍にもなる。それから10年たった現在では、大学生数はさらに2割増え、カバレッジは下方に拡張したため、格差は一段と激しくなっているだろう。
 ここまでの歴史的経緯をまとめてみよう。
 中国ではミドルの人材層が極端に薄い。また、30代後半以降の大卒者が少ない。そのため、若年偏重の人材獲得競争が起こっている。一方で若年人材は、急激に大学進学者を増やしたため、玉石混交となっている。
 こうした中で、985指定大学や211指定などの上位数%学生、もしくは海外トップ大学卒業生にのみ、超高額&ハイレベルな仕事が用意されている。ただこうしたハイレベル層に限っても、人口の多い中国では、年間数十万人規模となり、その事例には事欠かない。こうした情報が日本のマスコミに取り上げられることで、それがあたかも中国の一般的なキャリアと思われてしまっているのだろう。
 ただ、急拡大かつジョブホップ型エリート育成が続いた中国経済界では、まともな人事管理ができてはいない。その問題点を次回以降、書いていくことにしたい。

海老原 嗣生(えびはら・つぐお)
1964年、東京生まれ。大手メーカーを経て、リクルートエイブリック(現リクルートエージェント)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。 その後、リクルートワークス研究所にて雑誌Works編集長。2008年にHRコンサルティング会社ニッチモを立ち上げる。雇用・キャリア・人事関連の書籍を30冊以上上梓し、「雇用のカリスマ」と呼ばれている。近著は『「AIで仕事がなくなる論」のウソ』(イースト・プレス)。