月誕生の謎に新説 原始地球のマグマの海、天体衝突で

月誕生の謎に新説 原始地球のマグマの海、天体衝突で

コラム(テクノロジー)
科学&新技術
2019/7/20 4:30
地球を周回する衛星、月はどのように誕生したのか。天文学者を長く悩ませている難問だ。米国のアポロ計画で50年前、人類が初めて月に降り立ち解決できるとみられたが、逆に新たな疑問が生まれ謎は深まるばかりだ。混迷状態を打開しようと最近、日米の研究グループが課題を解消する新説を打ち出し「有望な提案だ」と注目されている。
月の起源の新説は、海洋研究開発機構の細野七月特任技術研究員や米エール大学の唐戸俊一郎教授らが2019年4月、英科学誌「ネイチャー・ジオサイエンス」に発表した。原始の地球の表面は岩石が溶けたマグマで覆われ、月はこの「マグマオーシャン」から主に造られた可能性があるという内容だ。
月の誕生を説明する現在最も有力視されている考え方は「巨大衝突説」だ。約46億年前の誕生して間もない地球に火星サイズの天体がぶつかったというアイデアに基づいている。衝突で天体は粉々になり、地球の表層は超高温のため岩石が蒸発して地球を円盤状に取り巻くガスやちりになる。円盤は徐々に冷えて固まり、一部が伸びてちぎれて月になるというシナリオだ。
研究グループは巨大衝突説を基盤に理化学研究所スーパーコンピューター「京」で模擬実験を繰り返した。細野特任技術研究員は「マグマオーシャンという新たな視点を加え、従来とは違うシナリオにたどり着いた」と話す。
巨大衝突説が定着した背景には、アポロ計画による月の探査がある。それ以前の月の起源には3つの有力な仮説があった。原始太陽を取り巻くガスとちりの円盤の中から地球と月が兄弟のような天体として形成されたという「共成長説」。高速で自転していた原始地球の一部が飛び出して月になったとする「分裂説」。たまたま通りかかった天体が地球の重力で捕らえられたという「捕獲説」だ。
ところがアポロ計画で月の詳細な様子が分かり始め、辻つまの合わない点が浮き彫りになった。特に宇宙飛行士が持ち帰った月の石の存在は大きかった。組成を分析してみると地球の岩石と似ていることが判明した。これで捕獲説は否定された。
また月の深部にある中心核の大きさが地球よりはるかに小さい事実や、月の表層部に揮発性の物質が乏しいという観測結果などから、共成長説と分裂説も矛盾点が多いと支持されなくなった。巨大衝突説は「アポロ計画が明らかにした結果と整合性がいい」と浮上してきたわけだ。
それでも従来の巨大衝突説ではうまく説明できないことが1つだけあった。月の石が地球の岩石と似すぎていた。
巨大衝突を起こした原始の地球と火星サイズの天体は、原始太陽系の別の場所で誕生したと考えられ、組成は異なるはずだ。そんな条件を前提に巨大衝突を計算機で模擬実験すると、月の岩石は衝突相手の天体の物質が主成分となり地球の岩石の組成とは異なってしまう。「組成が似ている謎をどうやって解消するか」は、重要な研究テーマになっている。
細野特任技術研究員らが唱える新説は、その皮切りといえる。原始の地球は微小な天体が衝突し合体を繰り返してできたとされる。巨大衝突が起きた当時、地球の表層にマグマオーシャンがあったとしても不思議ではないという。
地球に衝突した火星サイズの天体は質量が地球の10分の1程度だったと推定されている。原始の地球より早く冷え、衝突の際に表層は岩石だった可能性が高い。こうした条件による巨大衝突の模擬実験からは、原始地球を取り巻くガスとちりの円盤の主成分は、衝突相手の天体ではなく地球のマグマオーシャン由来の物質になった。この円盤から月が誕生すれば、組成の謎は解き明かせる。
解決策は一つではない。米国のグループが違うシナリオの巨大衝突でもうまく説明できる研究結果をまとめた。より激しい巨大衝突を想定して模擬実験すると、原始の地球の岩石はほぼ完全に蒸発してしまう。地球を取り巻くガスとちりの円盤の中で月が誕生すると同時に、地球の岩石層も新たに造り直される。この場合も、月の岩石と地球の岩石の組成はほぼ同じになる。
ニール・アームストロング船長ら3人の宇宙飛行士を乗せたアポロ11号が1969年7月、地球から38万キロメートル離れた月に着陸して半世紀が過ぎた。米国や中国、ロシア、欧州、インド、そして日本と世界が再び月を目指し探査を計画している。月の石もまた採取される予定だ。月がどのようにして誕生したのか、やがて明らかになるだろう。
(科学技術部 中島林彦)