長く眠ると健康に悪い? 死亡率と睡眠の意外な関係

長く眠ると健康に悪い? 死亡率と睡眠の意外な関係

日経ナショナル ジオグラフィック社

2019/7/30
ナショナルジオグラフィック日本版

写真はイメージ=PIXTA
睡眠時間と健康リスクに関係があると聞けば、睡眠不足(短時間睡眠)が原因と考えがちだが、実は睡眠時間は長ければ良いというわけでもないようだ。今回は、睡眠時間と病気の関係について述べてみたい。
次に挙げるのは、その疾患の発生リスクと睡眠時間との間に関連が確認されている代表例だ。
糖尿病、高血圧、高脂血症脂質異常症)などの生活習慣病 
脳卒中狭心症心筋梗塞などの心血管系疾患 
うつ病認知症などの精神神経系疾患 
そして死亡率!
実は、横軸に睡眠時間をとり、縦軸にリスクの高さ(健康指標)をとってグラフ化すると、不思議なことに睡眠時間と健康指標との間にはおしなべて「U字型」の関係が認められる。つまり、平均睡眠時間を底(最小リスク)にして、睡眠時間が短すぎても長すぎても、疾患の罹患や死亡リスクの確率が高くなるのである。
例えば、米国で行われた糖尿病の発症リスクに関する複数の大型コホート調査(前向き追跡調査)では、睡眠時間が5時間以下の男性は日常の睡眠時間が6~7時間の男性に対して、その後糖尿病に1.95倍かかりやすい。一方で、睡眠時間が8時間を超えている男性は、睡眠時間が6~7時間の男性の3.12倍と、さらに高率に糖尿病に罹患したのである。
ちなみに、女性の場合は短時間睡眠で1.37倍、長時間睡眠で1.36倍とやはりどちらも6~7時間睡眠に対してリスクが高まるが、男性よりもリスクが低い。もともと糖尿病の有病率は男性の方が高いのだが、睡眠時間の影響に性差が生じるメカニズムはよく分かっていない。
気になる睡眠時間と死亡率との関連だが、これも米国で1982年から88年にかけて110万人以上を対象にして行われたコホート調査で「U字型」の関係が確認されている。それによれば、睡眠時間が7時間台の男性/女性に対して3時間台の死亡リスクは1.19/1.33倍、4時間台は1.17/1.11倍。そして、9時間台では1.17/1.23倍、10時間を超えると1.34/1.41倍になり、短時間睡眠とほぼ同等かそれ以上に長時間睡眠での死亡リスクが高かった。

長時間睡眠と死亡リスクの関係については、日本人でも確認されている。40歳~79歳の10万人の男女を約10年間追跡したJACC study(Japan Collaborative Cohort Study)によれば、睡眠時間が7時間台の男性/女性に対して9時間台(死亡リスク1.27/1.54倍)、10時間超(同1.67/2.03倍)の長時間睡眠では米国人以上に死亡リスクの高さと強く関連していた。一方で、米国と同様に7時間台の人に対して5時間未満の女性は死亡リスクが2.00倍と高かったのに対して、男性では有意な差は認められなかった。おそらくこれは、睡眠時間が4時間未満の男性が224人と少なく統計的検出力が不足していたためと思われる。

それにしても、長時間睡眠者で健康リスクが高いのはナゼなのだろうか? 実はそのメカニズムはよく分かっていない。
■気になる睡眠時間と死亡率との関連は
短時間睡眠についてなら、研究する方法はある。ごくごく少数いる、生まれながらのショートスリーパーを除けば、短時間睡眠者の多くは自分で睡眠時間を削っているいわゆる睡眠不足であるため、実験的に睡眠を剥奪することでシミュレーション研究が可能である。
本コラムでも何度か取り上げたように、短時間睡眠が血圧や代謝に悪影響を及ぼすメカニズムとして、摂食ホルモンの変動による食行動の変化、自律神経や内分泌、免疫系などさまざまな身体機能の変化、うつ状態や身体運動量の低下など数多くのパスウェイが知られており、これらが同時並行的に生じる。

まさしく過ぎたるはなお……。(イラスト:三島由美子)
一方で、長時間睡眠者はその実態すらよく分かっていない。大規模なコホート調査(集団に対して一定期間追跡して観察する調査・研究のこと)では、参加者一人ひとりの細かい生活状況までは把握できないことが多いためである。この種の調査の参加者は40代以降の中高年が多数を占める。参加者の中には、病院を受診するほどではない程度の身体的な衰えや、軽いうつ状態などの精神的な不活発さ、経済的な事情によるごろ寝や運動不足など、「長時間睡眠」をもたらす要因とその悪影響を抱えている人も一定数いるだろう。
■謎を解明する手段が揃いつつある
そのため、長時間睡眠がさまざまな健康リスクに関連しているように見えるのは、睡眠それ自体ではなく、むしろ長時間睡眠に陥るその他の要因との関連であって、長睡眠時間はその「影」を見ているに過ぎないのではないかと指摘する研究者もいる。また、先の各種疾患がしっかりと発症する前に、長時間睡眠が「前駆症状」として出現している可能性もある。例えば、うつ病では不眠のほか過眠(強い眠気)を伴うことがあり、長時間睡眠はうつ病発症に先立つ過眠症状を反映している可能性もある。
睡眠時間(特に長時間睡眠)と健康に関するデータを紹介するときに「……の罹患リスクを高める」と書かずに「長睡眠時間が……の罹患リスクと関連する」と回りくどい言い方になるのはこのような理由からである。
とはいえ、過去のコホート研究でも、経済状況(年収)や運動習慣などに関する質問や、うつ状態の簡易スクリーニングなどを行うことで、真に睡眠時間と罹患リスクとの間に関連があるのか、見極める努力が行われている。それでも長時間睡眠と健康リスクとの「関連」を認めたとする研究報告が続いているので私も個人的には信じているのだが、両者の「因果関係」を明らかにする実証的な研究は今後の課題である。
その際に鍵となるのは、睡眠時間の客観的な評価だろう。これまでの大型コホート調査ではコストや実施可能性の観点から主観的な睡眠時間を聴き取っているものが大部分である。「睡眠時間」の中には寝つきにかかる時間や中途覚醒時間はもちろんのこと、読書、テレビ視聴、性生活、ごろ寝なども含まれている、つまり単に「寝床にいる時間」も「睡眠時間」に計上されているのかもしれない。
「未来の睡眠はAIがコーチ 過剰な指導に愛はあるか」の回でも書いたが、これからはウエアラブルデバイスで簡便に脳波が持続測定できる時代に入る。睡眠と健康に関する疫学調査もさらなる高いステージにステップアップするだろう。長時間睡眠者は平均的な睡眠時間者と比較して、深いノンレム睡眠の長さは変わりなく、伸びるのは浅いノンレム睡眠レム睡眠であり、むしろ寝つきに時間を要したり、中途覚醒が多いなど睡眠の効率が悪かったりするという研究結果もある。仮に客観的な長時間睡眠が健康リスクと真に因果関係があるなら、ウエアラブルデバイスを用いた長期観察研究で健康長寿に資する正しい睡眠法が明らかになるかもしれない。
三島和夫
秋田県生まれ。医学博士。秋田大学大学院医学系研究科精神科学講座 教授。日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事など各種学会の理事や評議員のほか、睡眠障害に関する厚生労働省研究班の主任研究員などを務めている。『8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識』(川端裕人氏と共著、日経BP社)、『睡眠薬の適正使用・休薬ガイドライン』(編著、じほう)などの著書がある。