宇宙の攻防(1) 米中戦争は宇宙から始まる

宇宙の攻防(1) 米中戦争は宇宙から始まる

2019.8.19
 ■軍事情報を握る人工衛星を破壊せよ
 宇宙が新たな戦場となりつつある。米国と中国の覇権争いが激化する中で人工衛星を攻撃し、陸海空の支配を狙う「宇宙戦争」が現実味を帯びてきた。はざまに立つ日本も対応を迫られる。
 地球を周回する中国の宇宙ステーションからレーザー砲が放たれ、米国の軍事衛星が次々と破壊される。通信網がまひし、機能不全に陥った米軍に「制宙権」を確保した中国軍が襲いかかる-。
 日米の防衛関係者らの間で話題になった米国の近未来小説「ゴースト・フリート」の開戦シーンだ。小説ではこの後、中国軍は米ハワイを占領し、日本は中立を宣言。在日米軍は撤退し、用済みとなった戦闘機「F35」が沖縄に残される。
 現実離れした描写もあるが、防衛省関係者は「宇宙から戦闘が始まった点は注目に値する。たかが小説とは言い切れない」。背景にあるのは、自国の人工衛星が突然攻撃される「宇宙の真珠湾攻撃(スペース・パールハーバー)」への危機感だ。この第一撃が、戦争の帰趨(きすう)を決めかねない。
 高度に情報化された現代戦は人工衛星が不可欠だ。軍事通信、衛星利用測位システム(GPS)を通じた部隊の移動や巡航ミサイル攻撃、弾道ミサイルの早期警戒や地上の偵察など、多くの場面で鍵を握る。これらがまひすると陸海空軍は最新装備を生かせず、最悪の場合は敗戦に至る。核兵器の使用を含む核戦略も、厳重に秘匿された通信衛星の回線に支えられている。
 だが、人工衛星は守りが脆弱(ぜいじゃく)だ。直径数センチの物体が衝突しただけでも機能を失う。防御用の重い装甲は、打ち上げに膨大なエネルギーが必要になるため装備できない事情がある。
 衛星の機能はサイバー攻撃でも妨害できるが、難度は高い。これに対してミサイルや別の衛星による体当たり、電波妨害、レーザー照射などの攻撃は比較的容易で有効とされ、米中露などは多様な衛星攻撃兵器(ASAT)の開発を進めている。
 トランプ米大統領は今年2月、陸海空軍や海兵隊などと並ぶ組織として「宇宙軍」を来年創設するため、大統領令に署名した。その前段階となる宇宙統合軍を年内に立ち上げる。背景にあるのは「宇宙強国」を掲げて急速に追い上げる中国への焦りだ。
 習近平国家主席は2015年、宇宙やサイバー、電磁波などの戦闘領域を担う「戦略支援部隊」を人民解放軍に創設した。米科学者団体などによると、中国の偵察衛星や測位衛星の数は既に米国を上回る。16年には、解読が不可能とされる量子暗号通信の本格的な実験衛星を世界に先駆けて打ち上げた。圧倒的とされた米国の軍事的優位性は宇宙空間で崩れつつあるのだ。
 米国は中露を念頭に、宇宙における自国への攻撃を想定した対抗演習「スペースフラッグ」を17年から実施している。防衛省防衛研究所の福島康仁主任研究官(宇宙政策)は「宇宙を制することは、戦いの勝敗を決める重要な鍵だ。衛星への攻撃兵器は、国際社会にとって大きな脅威となり得る」と指摘する。
                  
 ■衛星狙う宇宙戦、体当たり攻撃も 装備は、法制度は…日本どう対応
 中国・北京。2015年9月、抗日戦争勝利70年の記念軍事パレードが各国の元首らを招いて天安門広場で行われた。注目を集めたのは迷彩色のミサイル「東風(DF)21D」。米空母を狙う兵器として知られるが、衛星攻撃ミサイルの元になったといわれる。
 衛星を攻撃するミサイル技術は米国やロシア(旧ソ連)が冷戦期に確立。追い上げる中国は07年に衛星の破壊実験を行い技術力を実証した。その後も衛星を破壊しない形で発射実験を繰り返しており、米国防情報局(DIA)は今年2月に発表した報告書で「既に実戦配備している」とした。
 弾道ミサイルの発射を探知する早期警戒衛星は、高度3万6千キロの静止軌道を周回する。中国は13年、高度約3万キロに達するミサイルを発射しており、早期警戒衛星を攻撃できるミサイルの開発も時間の問題だ。米国の早期警戒衛星は、北朝鮮などの弾道ミサイルから日本を守るための要でもあり、大きな脅威となる。
 宇宙戦では他国の衛星に体当たりして攻撃する「キラー衛星」も威力を発揮する。中国は10年に地球近傍の低軌道で、16年には静止軌道で衛星同士の接近実験を行ったとされる。宇宙航空研究開発機構JAXA)元国際部参事の辻野照久氏は「中国には非常時に国家総動員を行う体制があり、民間衛星による体当たりも想定される」と話す。
 「宇宙では、もはや米国が安全に作戦行動を実施する特権を行使できなくなった」。米宇宙統合軍の司令官に就くジェイ・レイモンド空軍大将は今年6月、上院軍事委員会の公聴会でこう強調した。
 米国の宇宙軍は東西冷戦下の1985年、旧ソ連弾道ミサイルを宇宙空間などで破壊する「戦略防衛構想」(SDI)を進めていたレーガン政権下に設立されたのが始まりだ。通称「スターウォーズ計画」と呼ばれたが、米中枢同時テロを受けた米軍組織の見直しで2002年に解体され、核戦略などを担う戦略軍に吸収された。
 復活を決めたのは中露が宇宙への軍事的進出を鮮明にしているためだ。レイモンド大将は「中露は米軍が宇宙で衛星に依存しきっていることに着目している」と述べ、宇宙空間が米軍のアキレス腱(けん)になりつつあるとの見方を示した。
 衛星への攻撃は、ミサイルやキラー衛星を使うと大量の破片が宇宙ごみとしてまき散らされ、自国や第三国の衛星にも脅威となりかねない。そこで電波を使った通信妨害などの攻撃が現実的ともいわれる。
 ロシアは14年に介入したウクライナ紛争で、通信妨害によってウクライナ軍の軍用通信を遮断し、自軍の優勢を確保した。米紙は昨年、中国が南シナ海のスプラトリー(中国名・南沙)諸島に電波妨害の装置を配備したと報じた。もしも配備が事実なら、南シナ海での有事に米軍の通信が阻害される恐れは十分にある。
 日本も遅ればせながら対応を本格化させた。昨年12月に決定した防衛計画の大綱では宇宙やサイバー、電磁波といった「新領域」での防衛力整備を強調。防衛省は「現代戦を遂行する上で、宇宙空間は死活的に重要だ」と明言する。
 日本が力を入れるのは衛星や宇宙ごみなどを地上から見張る宇宙状況監視(SSA)。日本の衛星に不審な物体が接近すれば、回避して被害を未然に防ぐ。現在はJAXAが行っているが、航空自衛隊も100人規模の専門部隊を発足させ、22年度に山口県でレーダーを稼働させる。衛星を攻撃するには軌道を正確に把握する必要があり、そのためにもSSAは不可欠だが、日本には衛星を攻撃する能力はほとんどない。
 宇宙での奇襲攻撃は地上と同様に国連憲章に違反するが、実際に起きる可能性は否定できない。自国の衛星が攻撃を受けた場合、米国は相手国のミサイル基地などを破壊する対抗措置が可能だが、日本は憲法9条や「武力行使の新3要件」などで宇宙は対象外とされており、経済制裁などの措置しかできない。
 多数の衛星が破壊され、自衛隊が完全にまひした場合、日本はどうするのか。宇宙戦をにらんだ装備や法制度に向け、議論を深める必要が出てきた。
 慶応大宇宙法研究センター副所長の青木節子教授(国際法)は「宇宙での武力攻撃について、どんなときに自衛権発動の要件にし得るのかを整理しておくことが大事だ」と提言する。