COBOLに罪はない トップ自ら情報戦略を 論説委員長 原田亮介

COBOLに罪はない トップ自ら情報戦略を
論説委員長 原田亮介

核心
2019/8/12 2:00 日本経済新聞 電子版
日本の活力低下の一因はデジタル化の出遅れにある。まず手を着けるべきは、古びた情報システムの刷新だろう。改修できる人材の枯渇も迫っている。デジタル化による爆発的な変化に企業が適応するには、トップ自らが情報戦略を主導する必要がある。
COBOL」というプログラミング言語がある。1959年に業務用に開発され、金融機関などの基幹システムでは依然として現役だ。統計不正で問題となった厚生労働省の毎月勤労統計にも使われていることが話題になった。
IT企業がどの言語でシステム案件を受注しているかの調査結果をみるといまもJavaに次いで多い。だが老朽システムの保守が多く、斬新なサービスにつながるプロジェクトではまず使われない。若手技術者にも人気がない。
COBOLは2020年以降、国家試験の「基本情報技術者試験」から外れる。「教育機関で教える機会が減り、受験者がCOBOLを選ぶ率も極端に低下している」(試験の実施主体である情報処理推進機構)ためだ。
古いシステムを温存するツケは明らかだ。経済産業省が18年9月に公表したDX(デジタルトランスフォーメーション)リポートには、ユーザー企業の悩みが表れる。金融や商社・流通など8割の企業が老朽システムを抱え、7割の企業が「有識者がいない、ブラックボックス化している」といった理由でデジタル化の足かせだと答えた。
ランニングコストも高い。日本情報システム・ユーザー協会の調査では、多くの企業がIT予算全体の8割以上を既存の事業システムの維持運営に費やし、比率はこれまでほとんど変わらない。
新たな付加価値を生むための新規システムにお金が回っていないのだ。これではいくら人工知能(AI)導入やビッグデータ活用の旗を振っても、かけ声倒れになる。
デジタル化で日本を上回る勢いがある中国の新興企業はいきなり低コストで最新システムを導入した。デジタル化はビジネスのやり方を非連続的に変え、ITで事業を素早く変えるものが勝者になる。
ところが日本の現実は、まず古いメインフレームクラウドに切り替えるといった作業が必要になる。多くの経営者は巨額の投資や旧システムの除却費用にたじろぎ、刷新を見送ってきた。
メガバンクのような、合併に伴う巨大システムの統合がいかにリスクとコストを伴うか。7月にようやく移行が終了したみずほフィナンシャルグループの例から明らかだ。
IT人材が情報システム会社に集中する問題もある。どうシステム化するか決める要件定義などができる人材がユーザー企業に足りない。
日米を比べると偏在は明らかだ。日本ではIT人材の7割がIT企業におり、ユーザー企業には3割しかいない。米国ではユーザー企業が65%で、IT企業は35%だ。日本では時に発注の「丸投げ」が起きるが、米国ではITを事業にどう生かすかユーザー目線が徹底されやすい。
複雑に絡み合う問題は経営全体で引き受けるしかない。野村総合研究所の前理事で6月に「IT負債」を著した室脇慶彦氏(情報処理推進機構参与)は、今後は経営者自身が情報システムに関与することが不可欠だと訴える。
最高財務責任者CFO)には最高経営責任者(CEO)をけん制する機能があるが、最高情報責任者(CIO)はどうだろうか」。システム部門が期限と予算を必死で守っても所詮は「部分最適」だ。「システムは組織の鏡。すべてのビジネスはITなしに成り立たない。だから経営者自身がITを使いこなせないといけない」と話す。
東洋大坂村健情報連携学部長は、小惑星探査機「はやぶさ」の制御にも使われるTRONを1980年代から主導し、日本のデジタル化をみつめてきた。やはり、弱点は「部分最適」志向だという。
「仲間内のコミュニケーションがあうんの呼吸でできるから、日本には優秀な現場が生まれた。だがインターネットの普及でコミュニケーションコストは劇的に減った。社内の他部門や社外、海外との連携という全体最適の時代なのに、いまだに部分最適が幅をきかせている」と話す。
変化はある。情報システム会社のTISは、住宅金融支援機構から基幹システムの刷新を受注。COBOLJavaにリライトして、18年に新システムに移行させた。この実績が功を奏し同様の開発案件が次々と舞い込む。
桑野徹社長は「金融系より産業系の企業の動きが素早い。グローバル競争があり、物を売ることからサービスを売ることへの変革に迫られているからだ」と話す。
ただ、望む時期にシステムを刷新できる会社はそう多くないだろう。情報システム会社の人員や体力にも限りがあり、業界では「今からだと3年待ち」との指摘もある。
室脇氏や坂村氏が電子立国のモデルとみる東欧のエストニア。人口は日本の100分の1の小国だが、世界の先端をゆく。個人データは氏名や住所、医療記録などを分別管理し、使われ方も住民自らチェックできる。カード1枚で公的手続きや医療などほとんどのサービスを受けられる。
電子立国は80年代の日本の代名詞ではなかったか。COBOLに罪はない。これから前面に出るべきは経営者であり、牛歩のような電子化を進めてきた政府ではないか。