南京日記1937年12月16日

南京日記1937年12月16日

  今朝8時45分に、大変控え目で親切な日本人通訳菊池氏から、書簡を受け取った。そこには、本日9時より所謂「安全地区」にて支那兵士の捜索に当たることが書いてあった。
  これまで経験した爆撃も集中砲火も、今我々が直面しているこの恐ろしい時に比べれば何程の事もない。この安全区の外で略奪に遭わなかった店は一軒もない。そして今はこの安全区内さえも、略奪、強姦、殺人などが始まっている。空き家はどれも、外国の旗が掲げられていようといまいと、一軒たりとも略奪を免れなかった。福田氏に宛てた次の手紙は、現在我々が置かれている状況を大体において描写している。ここに書かれた幾つかの事例は、我々にわかっているもののほんの一部である。

福田徳安殿
南京

拝啓
  昨日の安全区における日本兵による暴力行為は、難民の間の恐慌状態を増加させました。多くの難民が、近くに設けられた炊き出しや、配給米を受け取りに収容された建物から出るのさえ躊躇しています。従って今、我々が配給米を収容施設に配達しなければならぬ課題に直面していますが、これによって大勢の人々の食料問題が増加しています。これまでも、炊き出しに必要な米と石炭を運ぶ苦力すら、必要人数集められませんでした。その結果、千人からの難民が今朝は食事を摂れないでいます。
  今朝は国際委員会の外国人会員が数人、トラックで日本軍の巡回の合間を縫って食料を運ぶのに、多大な努力を払いました。支那一般市民を飢えさせない為です。昨日は何人かの委員会会員の自家用車が、日本軍によって接収されてしまいました。
  我々は日本軍による暴力行為の数々の一覧を添付します。
  このような恐慌状態を終わらせる事なしには、日常活動に着手することは不可能であると考えます。例えば、通信、発電、給水設備の修理工や各店舗の開店、そして道路清掃の人員を集める事など。
  …昨日我々は、苦情を述べるのを差し控えました。日本軍最高司令官の到着が町に平和と治安をもたらすと信じたからです。しかし、昨夜は先日よりも悪い状態になりました。それで我々は、この耐えられぬ状況に日本帝国軍が目を向けるよう、進言することにいたしました。日本兵士の不法行為は軍上層部にとっても好ましくないものであろう事を確信するからであります。
敬具
ジョン・ラーべ  会長
ルイス・S.C.スミス 書記官

  ドイツ人軍顧問の家はほとんど全て日本兵に略奪された。支那人は最早家から一歩も出ようともしない!車を通す為に、私が何百人もの最も貧しい人々を招き入れた庭の門が開くと、外の通りでは女子供が中庭でキャンプする許可を貰おうと、何度も土下座するのだった。人々の苦境は計り知れない。
  私は発電所と残りの米備蓄を調べる為、菊池と下関に赴いた。発電所は思いの外良い状態で、日本兵に労働者の安全を託せるなら、修理は数日で終わりそうだ。助力を惜しむつもりはないが、この信じられない日本兵の行状を見るにつけ、作業に必要な40~50名の労働者をかき集めるのは難しく思える。こんな状況で、上海から我が社のドイツ人技術者を日本軍に要請させるなどの危険も、同様に冒したくない。
  私が今聞いたところでは、また何百人もの武器解除した支那兵士が安全区から銃殺の為に連行されたということだ。その中には50名の我々の警察官もいる。兵士を安全区に入れたかどで銃殺刑に処せられるというのだ。
  下関への通りは見渡す限り死体で 溢れ、軍用品が散乱して足の踏み場もない。交通省の建物は支那兵士に放火され、Y Chang Men門は破壊し尽くされた。門の前は死体の山だ。日本軍は死体片付けに着手する様子はなく、我々に所属している支那赤十字も活動を禁止された。
  武器解除した支那兵士を殺害する前に、この仕事を強要するつもりなのかもしれない。我々欧州人はあまりの衝撃になす術もない。処刑は彼方此方で行われており、国防省の兵舎では機関銃も使用されている。
  今晩我々を訪問した岡崎和夫総領事は、数人の兵士は銃殺されたものの、残りは長江の島にある収容所に連行した、と説明した。
  我々の学校の元小間使は銃で撃たれて、鼓楼病院に入院している。彼は作業を強制され、作業完了証明書をもらい、帰宅途中で何の理由もなくいきなり後ろから撃たれたのだった。彼の学校勤務期間にドイツ大使館から発行された身分証明書は、血に塗れて今、私の前にある。
  これを書いている間にも、日本兵達が庭の裏門を叩いている。ボーイが開けないので、塀の上に彼らの頭が見えた。不意に私がサーチライトを手に現れると、彼らは即座に逃げ出した。我々は正門を開き、彼らが無灯火の暗い通りに消え去るまで、一区間後を追った。通りの溝には3日前から死体が転がっている。嫌悪感に身震いした。
  女子供の多くは庭の草の上にうずくまり、怯えた眼で互いに身を寄せあっている。身体を暖めるためと、勇気を奮い起こす為だ。彼らの全ての希望は、「異邦の鬼」である私が、悪霊を追い払うことなのだ。